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歩く人形

 巨大な“人形”が立っていたのだ。

「え?」

 男たちが作る円の中央に立つその人形は、体格から男のようなのだが、頭から足の先まで肌が真っ白い。しかも、周囲の木々や男たちと比較すると10mはある。

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 Fさんはギュッと目を瞑ってからもう一度そこを覗いた。

 確かに10mはある……しかも、手足の長さがおかしい。長すぎるのだ。そして逆に頭が小さすぎる。

「うっ」

 瞬間、Fさんは思わずギョッとして息が詰まってしまった。

 その“人形”が長すぎる手足を、風になびくゴム人形のようにワチャワチャと動かし、境内をゆっくりと歩き始めたのだ。

 と、Fさんはそれの足元にも、何か別のうごめくものがあることに気がついた。それは、頭部に“その人形”を思わせるのっぺりとした白い顔をつけた、獅子舞のようなものだった。胴体部分には布が張られており、その下からは7、8人くらいの人間の足が生えていた。

 獅子舞的なものはふつうなら2、3人で動かすイメージだが……というか、あれはそもそも獅子舞なのか? とにかく、それが“人形”を追い立てるように動いていたのだ。

 ジジジジッ…ジジジジッ…ジジジジッ…ジジジジッ…ジジジジッ…ジジジジッ…

 Fさんの耳には、お囃子の音ではなくアブラゼミの鳴き声だけが響いてくる。

「こんな祭り、聞いたことないぞ……」

 あの“人形”……。あんな大きなもの、多分着ぐるみか何かだろうが、どうやって動かしているのだろう。

 Fさんは、夏の日差しでグラグラと揺らめく陽炎の先で動き続けるその人形を見つめていたが、急に得体の知れぬ恐怖と焦燥感が背中から駆け上がってくるのを感じた。

必死に這い出してくる白塗りの男たち

 ジトッ……とした冷や汗が、耳の後ろや背中から吹き出す。

「あれ……本当に“人形”か……?」

 と、その瞬間、円を描いて座っていた男たち十数人が突然、笛や太鼓のバチをそこらに放り出しながら、ウワァッと逃げ出し始めた。

 散り散りに逃げるその様を追いかけていると、Fさんは動いていた“人形”の足がピタリと止まっていることに気がついた。

 ドクンと高鳴る鼓動、血の気が引いて冷たくなっていた手先を動かして、双眼鏡をその人形の顔に向けた。

 その瞬間、Fさんは双眼鏡越しにその人形の顔を見てしまった。

 人形の顔には落書きのような線で描かれた目と鼻があり、その下には開けっ放しの真っ黒な口が――

 うわん、うわん、うわん、うわん

 と蠢いていた。

「うっ!」

 とっさに目線を下げると、人形の足元には獅子舞のようなものから必死に這い出してくる白塗りの男たちがいた。声は聞こえなかったが、その表情は絶叫している。

 そして、その“人形”は獅子舞と思しきものを念入りに踏み潰し始めた。

 神社の境内は、まさに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

「祭りが失敗したんだ」

 そう言葉が漏れた。

 その瞬間、“人形”はFさんの方を向いた。

 かなり離れた距離ではあるが、今、確実にアレと目が合った。そして、それはゆっくりと、先ほどまでのゴム人形のような動きで、こちらに向かい始めた。