アガサ・クリスティー賞受賞作だが、殺人事件が起きて名探偵が解決するミステリではない。戦争アクション活劇で、480ページの大作だが、一気読みした。
舞台は独ソ戦。日本人はひとりも出てこず、ソビエト赤軍の少女兵が主人公。
18歳のセラフィマはモスクワ近郊の村に母と暮らしていた。ある日、村がナチスに襲撃され、村人は皆殺しになったが、彼女だけが生き残った。救援に来たソビエト赤軍の女性兵士から「戦いたいか、死にたいか」の究極の選択を迫られたセラフィマは、絶望のあまり「死にたい」と答えるが、女性兵に挑発されていくうちに、母を殺したナチスの狙撃兵に復讐し、彼女を追い詰めた赤軍の女性兵を殺すために、「戦う」と決意する。祖国への忠誠心や愛国心もあるが、何よりも個人的な「復讐」が、彼女が戦う動機だ。
セラフィマが配属された小隊は5人の女性兵で構成され、彼女たちそれぞれが兵士となった事情を抱えている。戦況と並行して、彼女たちの友情と同志愛、裏切りと和解のドラマが展開されていく。
アニメでは、「ガンダム」「エヴァンゲリオン」の時代から「戦争孤児の少年少女たちによる小隊」や「女性兵」は、おなじみだ。だから、80年前の外国を舞台にした架空の物語だが、入っていきやすい。
ところが、事実はアニメよりも奇なり。ソ連は第二次世界大戦時に、実際に女性兵を前線で戦わせていたのだ。実在した赤軍の女性スナイパー、リュドミラ・パヴリチェンコは309名のドイツ兵を射止めたことで知られ、映画『ロシアン・スナイパー』の主人公となったが、この小説にも最初の方に登場し、セラフィマの憧れ、目標となる。このように実在の人物を随所に登場させ、物語にリアリティをもたせるテクニックがうまい。リュドミラの実例があるので、女性のセラフィマが優秀な狙撃兵になる設定に不自然さがない。
訓練の描写を通して、読者も狙撃術を学べ、独ソ戦全体の状況を把握したところで、実戦へ突入する。この構成が見事だ。スターリングラード攻防戦、ケーニヒスベルク包囲戦での戦闘シーンは、アクション小説としてまさに手に汗握るサスペンス。主人公の置かれている状況の描写が簡潔にして丁寧なので、戦場が映像として目に浮かぶ。銃など兵器のスペックや扱いの描写も精緻だ。
女性が主人公だが「恋愛」は、幼馴染みへの淡い思いがあるくらい。それもラスト近くで伏線として見事に回収される。
主人公たちの戦後を描く終章で、戦争が女性にもたらしたものが問い直され、大活劇は戦争文学へと昇華する。審査員全員が満点をつけたのも頷ける。欠点がないのが欠点という、まれに見る傑作。この人、今後、これ以上のものが書けるのだろうかと余計な心配さえしてしまう。
あいさかとうま/1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒業。会社勤めの傍ら、10年以上、年1作のペースで執筆し投稿。本書で、第11回アガサ・クリスティー賞を受賞。同賞では初となる審査員全員が満点をつけたことで話題に。埼玉県在住。
なかがわゆうすけ/1960年、東京都生まれ。作家・編集者。第二次世界大戦下の音楽家を描いた『戦争交響楽』など著書多数。