昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

2021/12/31

目覚めると対局開始時間を5分過ぎていた

 高田のプロデビューは順調だった。安堵感や持ち時間の違いから、プロ入り直後の対局で躓く若手も多い中、3連勝と快調な出だしだった。そして迎えた4戦目、よもやの寝坊をする。

 前夜、対局のために大阪に入りホテルに泊まった。奨励会時代は家ではいつも22時半に寝ていて夜更かしをしたことはなかったが、四段に上がってから生活がやや不規則になっていた。

「そのときは夜中に将棋ウォーズをやって、接続切れで負けて熱くなってしまって。奨励会時代に徹夜して対局に臨んだことがあったので、このまま起きていようと思ったのがうっかり寝てしまった。あとガラケーからスマホに変えたばかりで、アラームをかけたつもりが電源を切っていたんです」

 目覚めると対局開始の午前10時を5分過ぎていた。普通の新人棋士なら慌てるだろうが、ここで高田の太々しさが出る。その日の持ち時間は4時間。そこから遅刻の3倍の時間が引かれるが、持ち時間がなくならなければ不戦敗にはならない。すぐに出れば大丈夫と思ったが、その日に限って普段より少し離れたホテルに泊まっていた。結局45分遅刻する。それでも、「奨励会の時も5分か10分の遅刻の経験があったので、落ち着いて入っていきました」。

 対局相手は奨励会幹事でもあった西川和宏六段。頭の上がらない存在に萎縮したのではないかと思いきや、「棋士室で10秒将棋をよく教えてもらっていたので、そんなに怖いと感じてなかったのもあるんですけど」。

 振り駒で高田の先手番に決まるが、その将棋は千日手模様になった。同じ手が繰り返される状況をどちらかが打開しなければ指し直しになる。西川は「高田が遅刻した上に先手番になって申し訳ないので、敢えて千日手になるようにしたんじゃないか」と思っていたという。成立すると先後が入れ替わる。幹事として後進の成長を身守ってきた西川らしい。

 

 だが高田の本心はこうだ。

「まだ眠かったので午前中の戦いを避けたくて。それで相穴熊にしたら、たまたま千日手になったんですけど」

 結局、指し直しになった将棋を高田が制し、デビュー4連勝になった。

師匠の心配「なんで最近勝てないんかな?」

 プロになって半年が過ぎた頃、高田は師が主宰する「第26回森信雄杯将棋大会」にゲストとして呼ばれた。その席で森は気になっていたことを高田に聞いた。

「なんで最近勝てないんかな?」

 単刀直入な質問にも、自分を気にかけてくれていることが嬉しかった。「長い持ち時間の将棋にまだ慣れていなくて」と答えた。森は弟子の表情を見ながら、(そんなん嘘やろ。弱いからやろ)と思うが、「言い訳はしない方がいい」とだけ言った。

 森にこの時期の高田の様子をどう感じていたのかを聞いた。

「最近、優等生みたいなことを言うようになってきて似合わない。本来、図太いのが高田君の唯一の特徴なのに、何か覚えたんでしょうね。優等生になった方が楽だと。でもね、こんな良い子になってたら将棋勝てないんちゃうかな」

 師の言葉を高田に伝えた。

「今までだと自分が強くなっていくことしか考えていなかった。他の子たちの様子を気にすることなんてなかったんです。でも将棋界は優等生が多いなって感じて、自分もそうなった方がいいのかなと。三段リーグのときは対局姿勢がめちゃくちゃだったので、四段になってから先輩棋士に『プロなんだから、少しくらい正座をしたら』と言われて。結構気を遣っている部分はあると思います」