将棋界における師匠と弟子の関係性が注目を集めている。スポットライトが当たったのは、のちに将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)を受賞した『師弟』(野澤亘伸著/光文社)の存在が大きかっただろうか。現在、ABEMA将棋チャンネルでは「第1回ABEMA師弟トーナメント」が放送されている。

 そこで、「第1回ABEMA師弟トーナメント」にも出場している畠山鎮八段と斎藤慎太郎八段について、『絆―棋士たち 師弟の物語』(マイナビ出版)から一部を抜粋して紹介する。

畠山鎮八段(左)と斎藤慎太郎八段(右)

勝負の心の機微も教えてくれた畠山

「畠山先生に師匠になってほしい」

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 斎藤慎太郎が自分からそう言ったのは10歳のときだった。それまで何人かのプロ棋士に指導対局を受けてきたが、畠山鎮の言葉には心に響くものがあった。

「この手は、どんな気持ちで指したの? もっと姿勢を正して、自信を持って指したほうがいい。そのほうが相手へのプレッシャーになる」

 将棋の内容だけでなく、勝負の心の機微を教えてくれた。

 指導将棋ではプロは同時に数人を相手にする。スムーズに進めるために、駒を滑らせて移動させることが多い。しかし畠山は一手ごとに駒を指先で持ち上げ、盤上に打ちつけた。

 ピシッという心地よい音が響く。

「この先生は何か違う」

 斎藤は将棋大会が開かれる日でも、畠山の指導対局に行くようになった。息子の気持ちを察した母が、背中を押してくれた。

「先生にお手紙を書いたら?」

一方畠山は「果たして、自分にこの才能が育てられるのか」と…

『絆―棋士たち 師弟の物語』(マイナビ出版)

 畠山は、斎藤からの手紙を読むと、考え込んだ。まだ拙い字だが、将棋への真摯な気持ちが伝わってくる。

「あの“しんちゃん”か……」

 連盟の入門教室に来始めた頃から、棋士や奨励会員からそう呼ばれて、注目されている子がいた。研修会にも入っていて、自分の指導対局にもよく来ていることも覚えている。最近ではアマチュアの強豪団体・正棋界の大会で大人を負かして賞金を持ち帰ったという噂も聞いていた。

「10歳で研修会のC1というのは、打ち込んでいけば将来A級候補、タイトル候補の可能性がある。当時、私は順位戦のB2にいました。これからB1、A級に上がれるかどうかもわからない。果たして、自分にこの才能が育てられるのかと」

 それまでに3人の弟子を取ったことがある。しかし、棋士になれたものはいなかった。

 その頃、畠山は谷川浩司(当時二冠・現九段)が主宰する研究会に参加していた。研究会の日、10歳の子の弟子入りを迷っていることを話した。休憩中に触れた話題ではあったが、谷川はこう答えた。

「その子は縁を感じて手紙を書いているのだから、その気持ちを大切にしてあげたらいいのではないか」

 谷川も、3年前に一人の子から手紙を受け取り、初めての弟子を取っていた。後にプロ棋士になる都成竜馬(現七段)である。