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特集観る将棋、読む将棋

「師匠はずっと最前線にいるじゃないですか」高野智史は木村一基の“遠い背中”を見つめる

『絆―棋士たち 師弟の物語』より

2021/12/30

 将棋界における師匠と弟子の関係性が注目を集めている。スポットライトが当たったのは、のちに将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)を受賞した『師弟』(野澤亘伸著/光文社)の存在が大きかっただろうか。現在、ABEMA将棋チャンネルでは「第1回ABEMA師弟トーナメント」が放送されている。

 そこで、「第1回ABEMA師弟トーナメント」にも出場している木村一基九段と高野智史六段について、『絆―棋士たち 師弟の物語』(マイナビ出版)から一部を抜粋して紹介する。

 

高野は決して師との対局で正座を崩さない

 高野智史が師・木村一基の家に通うようになって13年がたつ。中学2年のときから、1時間半、電車に揺られて向かった。

 呼び鈴を鳴らすと、インターホーンから「はい」と声がして、師が自ら出迎える。中に招かれ、和室で盤を挟んで座った。

 木村はイベントや解説では、饒舌でファンを楽しませる。しかし、師弟での研究会で二人が私語を交わすことは、ほとんどない。駒を並べると、一礼してすぐ対局が始まる。1日3局、時間があればもう1局指す。

 初めて来たときから、高野は正座で通した。昼食時以外約7時間、盤の前に座り続ける。さすがに3局目になると、痺れは痛みになった。木村は弟子が身体を傾けている様子を察して、「楽にしていいよ」と言った。高野は黙って頷いたが、正座を崩すことはなかった。

 

 師からはいつも丁寧な言葉でメールが届く。「この日に研究会はどうでしょうか?」。忙しい中、弟子のために時間を作ってくれた。師がマンツーマンで指導してくれることが、将棋界では多くないことを途中から知った。

「いまでこそ師匠と指したことは必要なことだったと思います。でも、当時はつらい気持ちもありました。私の力では勝負にならないんです。せっかく教わっているのに申し訳なくて」

 悔しさよりも情けなさで、帰りの電車の中で自分を責めた。

 次第に実力がついてくると、今度は自分を「プロにしてあげたい」という師の思いが心に重くのしかかった。高野は言う。「私は流されやすい人間です。将棋が楽しいから、ここまできてしまった。何としてもプロになりたいという気持ちは、持っていなかった」。

木村は「弟子とは必ず一対一で指す時間を作ろう」と決めた

「ここに来たのは10年ぶりくらいじゃないかな」

 新宿ゴールデン街にある将棋バー『一歩』の扉をくぐりながら木村一基は言った。かつてはよく飲みに来た新宿の街も、最近は足が遠のいている。タイトルホルダーになって、この街で飲むのはこの日が初めてだった。