斎藤はひた向き過ぎるが「根性はある」
翌年夏、斎藤は奨励会試験に合格した。
畠山は斎藤が入会した頃、持ち時間を全て使って考えようとする生真面目さが逆に心配だった。級位者は1日に3局指す。持ち時間は各1時間。「3局きっちり一分将棋まで指していたら、まず四段になれない」と畠山は言う。それでは読みの力が途中でバテてしまうというのだ。
「相手の成績を見るなり、顔色を見るなり、こいつ、スランプだなと思ったら、もう圧倒して吹っ飛ばしていかないと。奨励会とはそういうものが生き残る場所だから」
例会の日に、斎藤は小学校の体育で怪我をして、血の滲んだ包帯を脚に巻いてきた。正座ができず、痛そうに脚を曲げていた。しかし、怪我をした体でも、その日3連勝する。「根性はあるんだな」と畠山は思った。
14歳で三段リーグに入った斎藤は、毎回のように昇級争いに絡むも、あと一歩で昇段を逃した。幹事席に座る畠山は、最終戦で弟子に勝った対戦相手のカードに幾度も印を押す。感情を排していても、それは胃が潰れるような痛みだった。
「これからは戦っていく相手になる、お互いに頑張ろう」
斎藤は2012年、四段昇段を決める。8年にわたる奨励会生活の半分を、三段リーグで過ごした。昇段後に、師は愛弟子に言った。
「これからは戦っていく相手になるので、もうアドバイスしてあげられるものはない。一人の棋士として、お互いに頑張ろう」
斎藤はプロ入りから活躍を続け、4年目には勝率1位に輝く。この年の将棋大賞・新人賞を受賞した。2017年には棋聖戦の挑戦者になり、タイトル戦初登場を果たす。羽生善治に敗れて奪取はならなかったが、翌年に今度は王座戦の挑戦者になり、中村太地に挑んだ。
開幕から2連勝で王座奪取に王手をかけた後に、斎藤は順位戦B級1組で師匠の畠山と対戦した。順位戦で師弟が当たるのは非常に珍しく、24年ぶりのことだった。これはクラスがB1以上でなければ対戦が組まれないためである。それまでに二人の公式戦での対局は三度あり、いずれも弟子の斎藤が勝っていた。しかし順位戦では畠山が師の意地を見せ、深夜に及んだ対局を制した。