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連載日の丸女子バレー 東洋の魔女から眞鍋ジャパンまで

「もし、この試合に負けたら日本には住めない」女子バレーが日本の“お家芸”となった日

日の丸女子バレー #7

2022/01/08

source : 文藝春秋

genre : スポーツ

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ソ連監督が見せた尊大な自信

 会場に入ったエースの谷田は、異常な雰囲気に飲み込まれ、冷静な心が遠くに飛んで行きそうだった。

「もし、この試合に負けたら日本には住めないと思いました。みんなも同じようなことを考えていたと思います」

引退後の故・谷田絹子氏 ©文藝春秋

 主将の河西は、みんなの様子がいつもと違うことに気がついていた。緊張している。そう察知した河西は、1人ひとりにしつこく声をかけた。

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「私は、みんなの緊張を何とかして解いてあげなきゃ、と考えていたので自分が緊張する暇がなかった。それに、ソ連に勝つための練習を積んできたので負けるわけがないと思っていたし。本番ではやってみなきゃ分からないというレベルではなく、必ず勝つという練習を当たり前にやってきましたから」

 しかし体格差は一目瞭然だった。最も背の高い河西でさえ174センチ。ほとんどが160センチ台後半である。対してソ連は180センチ台の選手が顔を揃え、ウエイトトレーニングで鍛えた身体は男性並みの筋肉をまとっている。ソ連選手の身体に比べ、日本人選手のなんと貧相なことか。

 しかもソ連には、後のメキシコ五輪、ミュンヘン五輪で自国に金メダルをもたらした世界の大砲、インナ・リスカルがいた。

 当時のソ連のチーム力を、副主将だったタチアナ・ロシチナがこう語っている。

「私たちは2年前の世界選手権で日本に負けた屈辱で、メラメラ燃えていました。バレー王国の力をオリンピックで思う存分見せ付けてやろうと、世界では類を見ない科学的なトレーニングも積んでいたんです。選手権からの2年間、日本へのリベンジだけを考え過酷な練習にも耐えてきました」

 ソ連は、アマチュアスポーツの日本とは違い、国家が支援していた。監督はナショナルプロジェクトで働くスポーツ・ビュロークラートで、国から人材の発掘、スカウト、強化プラン、財政などの強力な支援があり、秘密スタッフによって作られたライバル国の膨大な情報も監督の下に届く。試合前、監督のオレグ・チェーホフは日本の記者団に胸を張って語った。

「もちろん日本は強いが、我々が想像していたほど、進歩していないことが分かった。むしろ、停滞しているというべきかも知れない。その上、アタッカーの宮本の調子がよくないらしいじゃないか」

 だがソ連の尊大な自信は、東洋の魔女の前には通用しなかった。序盤こそソ連が強烈なスパイクでリードしていたものの、ミスの連発で日本にポイントを献上。相手の動きを睨み、攻撃の戦術を瞬時に組み立てる河西は、少し肩透かしを食らった。

「ソ連は何をやっているんだろう……」

 

「もし、この試合に負けたら日本には住めない」女子バレーが日本の“お家芸”となった日

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