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「向精神薬をフリスクみたいに…。市販薬でも人生を狂わす」オーバードーズのために風俗で働いた“依存症子”の証言

依存症子に『文春オンラインTV』が直撃インタビュー! #2

 違法薬物に、向精神薬のオーバードーズ、違法カジノ、整形、入れ墨、クレプトマニアーー。10代から30代にかけて、ありとあらゆるものに依存し、ついには2年半の実刑判決を受けた湯浅静香さん(42)。彼女はいま、「依存症子」という名前で自らの過去を明らかにし、元受刑者や依存症に苦しむ人々、そしてその家族からの相談に乗っている。

 文春オンラインでも、3本の記事に渡ってその半生を語っている。

「セックス中に何度も吸うと意識が飛んで…」17歳で違法薬物“RUSH”にハマったワケと幼少期の「虐待とネグレクト」《元女子受刑者の告白》

「吉原のソープランドも辞めた」薬物乱用、度重なる整形、入れ墨、過食…“依存症子”が30歳で堕ちた「ドン底」

「お前がろくな教育をしなかったせいだ!」虐待母への壮絶な暴力と「クレプトマニア」 それでも“依存症子”が更生へ向かえたワケ

 そんな彼女が、1月15日に公開した「文春オンラインTV」に出演。記事では語られなかった当時の生々しい記憶について、改めて証言した。(全2回の2回目/前編を読む

©️文藝春秋

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オーバードーズで被害妄想が暴走、孤独に

――薬物依存と同時に整形だったり、入れ墨とかも入れ始めた。

依存症子 入れ墨は、26歳ぐらいの頃からだったと思うんですけど。それも、向精神薬を飲みすぎて、何歳で何っていうのが記憶にあんまりないぐらいゴチャゴチャになっている感じですね。

Y記者 整形とか、入れ墨とかを入れながら、向精神薬、睡眠薬でオーバードーズ状態が続いていたと。その頃の自分を振り返ってどうですか?

依存症子 ちょうどこの間、地元の忘年会がありまして、その頃の私のことをちょっと聞いたんです。そうしたら「話を聞き入れるような状態じゃなかった」と。何を言っても聞いてるんだか聞いてないんだか分からないような感じだったようです。考えがすごい飛躍してもいて。誰かに電話をかけて電話に出なかったら、普通は忙しいか何かしてるのかなと思いますが、「私のこと嫌いなんだ」となってしまう。それで勝手に自分が孤独になっていったんですよね。

できる仕事は「夜とか風俗しかないと思っていた」

――職場でも孤独になっていった。

依存症子 夜の仕事でも、オーバードーズのためにお金をお客さんから引っ張ったりとか。お客さんも当然嫌になりますよね。「飲みに来て金払って、なんでまたお前に金やらなきゃいけないんだよ」って。で、土地を変えて同じ仕事をしても無理で。

 その頃ですよね。ネットがだんだん普及し始めてきて、パソコンで吉原の求人を見て。それも、求人を見たこと自体も今となっては信じられないんですけど。なんでそんなほうに行っちゃったかなっていう。

吉原のソープランドに勤めていた頃の湯浅さん

Y記者 薬を抜きながら普通の仕事をするとか、そういう選択肢はなく。

依存症子 全くないです。夜とか風俗しかないと思っていたんです。というのが、昼間の仕事で、自分がパチンコを好きだったから、パチンコ屋とかでも働いたりしたんですけど、当然持たないんですよ。一般常識が備わってないので。で、飛んだり、すぐ辞めちゃったり。それで「私って夜とか体を売るとかしかできないや」って。

Y記者 それは何歳の頃ですか?

依存症子 26~27歳ぐらいの頃にはもう激しくなっていたと思います。薬の量も。