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「そんなところに、佐藤天彦をやれるかよ…」“昭和最後の棋士”中田功が弟子に見ていた夢

「そんなところに、佐藤天彦をやれるかよ…」“昭和最後の棋士”中田功が弟子に見ていた夢

『絆―棋士たち 師弟の物語』より

2022/01/15
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 中田は大山の弟子である。師への憧憬は、名人への思いでもあったはずだ。

「小学校の卒業文集に『名人になりたい』と書いた。自分の道は決まったと、福岡を飛び出してきた。地元の人たちに支えられて。棋士なら、みんな名人になりたいと思うのは自然なことでした。

 大山先生は、じっと我慢した手を褒めてくれました。私は攻めきって勝とうとばかりしてきたから、師匠の教えを受け継いでいないというか。先生は佐藤君の将棋を見たら、とても褒めると思います。どっしりと構えていますからね」

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羽生さんとは棋士番号が一つ違い

 佐藤の羽生への挑戦は2度目になる。前回、王座戦での挑戦を中田は固唾を飲んで見ていた。

「一局一局をあんなに一生懸命観戦したことはありませんでした。プロは同業の誰が勝とうが関係ない。弟子以外に応援する棋士はいません。私と羽生さんとは棋士番号が一つ違いなので、四段になった頃は予選でよく対戦しました。でも、一度も勝てなかった。羽生さんを追いかける同世代もすごかったなぁ。私はだいぶ怠けてしまった。後悔はないですけども」

 

 中田は羽生と公式戦で9度の対戦があるが、いずれも敗れている。

 第74期名人戦は、挑戦者の佐藤が羽生を3勝1敗と追い込んだ。タイトル奪取に王手をかけた第5局を、中田は自宅の部屋で観ていた。四段になったとき、羽生はすぐ前にいた。しかし彼は19歳で竜王を獲ると、将棋界の頂へと登っていった。羽生に同世代が闘志を燃やす中、自分はどこか冷めていたように思う。もっと追いすがれば、よかったのかもしれない。

 その背中を、いま自分の弟子が捉えようとしている……。

 佐藤の勝利が決まったときは、一人タバコを吸っていた。立ち込める煙を見つめながら、夢を見ているような気持ちだった。

写真=野澤亘伸

◆ ◆ ◆

 中田功八段と佐藤天彦九段の物語は、『絆―棋士たち 師弟の物語』(マイナビ出版)で全文が読める。また、「将棋世界」の連載をまとめた同書には、計8組の師弟が登場する。

絆―棋士たち 師弟の物語

野澤 亘伸

マイナビ出版

2021年3月11日 発売

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