かつて石川啄木は故郷の岩手からの長距離列車が発着する上野駅について、「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きに行く」と詠んだ。「停車場の人ごみ」は、啄木にとってなつかしさを感じる空間だったのだ。

 翻って、今はいわゆる“3つの密”(密集、密接、密閉)を避けることが求められ、「停車場の人ごみ」など最も忌避すべき存在となっている。ほんの2年ほど前まで、大都市の通勤電車や年末年始の帰省のときなどは、全国の鉄道の駅や車内はどこも3密極まりない状態で、私たちはそれを当然のこととして受け容れて(あるいは我慢して)いたのだが……。

ジャカルタの近郊電車はドアを開けたまま、屋根の上にも乗客を乗せて走る。架線があるので、誤って感電しないか見ているほうが心配になる(ジャカルタ・ガンビル駅)

 そうした鉄道駅の光景は、海外でもさまざまな形で見られた。特にアジア各国の旅客鉄道は、欧米のようにスマートさや快適さよりも、限られた運行列車に「とにかく乗車する」ことが最優先になるケースが多く、今でいう3密状態はどこの国でも珍しくない。中には、現代の日本では見られない「密」のスタイルそのものが、活気あるアジア独特の異国情緒や、昭和の日本を思わせるなつかしさを感じさせてくれることもある。

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 気軽に海外に出ることがまだ当分難しい今、「コロナ前」に見られたアジア各地の3密な停車場の光景を振り返ってみた。自由に海外旅行ができるようになり、これらの光景に再び接することができる日は、いつ来るだろうか――。

(1)ジャカルタ・コタ駅(@インドネシア)

ジャカルタ・コタ駅構内。ドーム型の高い天井がヨーロッパのターミナルを偲ばせる【◆】

 コロナ禍で外国人観光客が激減したのはどの国も同じだが、インドネシアは、その影響がとりわけ深刻な国の一つであろう。世界的観光スポットであるバリ島を訪れた外国人観光客は、コロナ禍前の2019年には年間620万人だったのに、2021年は1月から10月までの10ヵ月間でわずか45人だったという。