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“技は黙って盗むもの”職人気質の世界だが...

《本を送りますので、読んで勉強してください。成績が良くないようですが、とにかく対局のときは自信を持って臨む事。それが実力を100%出すことにつながってゆくはずです》

 谷川の筆跡は、弟子の心を励ますように力強い。いつも乱れることのない美しい文字が並ぶ。一方、都成が師に送った棋譜(将棋の記録)の文字は、清書したものもあれば、鉛筆書きで乱れたものもあり、少年の感情の起伏がそのままに残っている。人の手が紡いだ記録は、時間の中で風化することなく、当時の2人の姿を留めている。

 

 都成は谷川にとって初めての弟子となった。当時の谷川は、年間に60局を超える対局を抱えており、タイトル戦の出場が続いていた。対局のための準備や会場への移動を入れると、かなりの日数を占めることになる。しかも8歳下の羽生善治やその世代の棋士たちとのタイトル争いは熾烈を極めていた。

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 本来こうしたトップ争いをしている棋士が、弟子を取ることは珍しい。棋士は本能的に、将棋に負けることが何よりも大嫌いな人たちだ。彼らにとって自分の対局以上に優先するものはない。そのため研究時間を割いてまで、弟子に直接教えることはしない。伝統的に“技は黙って盗むもの”という職人気質の世界である。しかし谷川は都成を弟子に取り、自らの時間を割いてその成長を見守る道を選んだ。

「どうしてすべての対局を送らなかったのか……」

《こんにちは。今回の将棋は内容が良くありません。プロになろうと決断したときの気持ちをもう一度思い出して、そのためには何をするべきか、勉強することはたくさんあるはずです》

 この手紙が添えられた封筒の消印は2002年8月1日。この時期の谷川の対局スケジュールは、タイトル戦七番勝負に挑戦する渦中にあった。

7月23、24日 王位戦第2局 勝ち 対羽生善治
8月2日 棋王戦本戦 負け 対木村一基
8月6、7日 王位戦第3局 勝ち 対羽生善治

 タイトル戦は一戦ごとに日本各地で行われ、移動日の他に前夜祭や対局後の関係者との打ち上げもある。またトップ棋士ともなれば、取材や解説などの依頼も受けなければならない。その中で谷川は都成から送られた棋譜を検証し、要点を解説して対局の前日に投函している。そしてこの後、4勝1敗で羽生善治から王位のタイトルを奪取した。このとき都成は12歳、中学1年生だった。

「今思えば、こんなに、とてつもなくありがたいことってなかったと思います。なのに、どうしてすべての対局を送らなかったのか……。実際送れたのは3分の1くらいなんです。その頃はまだ思うように勝てなくて、あまり師匠に見せたくないという気持ちがありました。そこがダメだったんですよね」