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進化する藤井聡太 プロも驚愕する変幻自在ぶりは、「孫子の兵法」そのものだった

進化する藤井聡太 プロも驚愕する変幻自在ぶりは、「孫子の兵法」そのものだった

通常棋士は、攻めか守りかどちらかに棋風がかたよるが…

2022/01/22
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 タイトル戦6回、うち奪取4回防衛2回。一度もタイトル戦でストレート負けしたことがなかった渡辺明名人、豊島将之九段相手にもストレート勝ち。王将戦第1局も勝って、タイトル戦通算22勝4敗。藤井聡太竜王の成績には、なんとも恐ろしすぎる数字が並ぶ。

「8割4分6厘」の藤井、その絶妙な指し回し

 将棋のタイトル戦は、五番勝負なら3勝2敗(=6割)、七番勝負なら4勝3敗(=5割7分1厘)で制することができる。つまり、タイトル戦の通算勝率は6割あればよく、7割勝てば絶対だ。それを8割4分6厘とは、なんと表現したらいいのだろうか。

王将戦七番勝負第1局では、先手番の藤井が先勝した(提供:日本将棋連盟)

 その内訳を見ていると、決して最初からリードして逃げ切ったわけではなく、逆転勝ちも多い。豊島や渡辺のミスを誘う絶妙な指し回しがあった。藤井の何が違うのか。その「なぜ」をさぐるために棋士の発言を調べたら、森内俊之九段の「オールラウンダー」という言葉にぶち当たった。

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 将棋界でオールラウンダーといえば、居飛車や振り飛車など、幅広い戦型を指すことを意味する。

 ところが、藤井の戦型選択は狭い。2021年の4つのタイトル戦では、先手では角換わりと相掛かりのみで矢倉は採用していない。王将戦第1局も相掛かりだ。また、後手では横歩取りや雁木を指さず、相手の得意技を受けて立つが、それでも指す戦法は絞っている。先手矢倉に対しては組み合うことはせず、必ず急戦にする。

 では、森内はなぜこの言葉を使ったか。発言の全文はこうだ。

「攻めも受けも強い、オールラウンダーですね。隙(すき)がなく、終盤の計算力が他の棋士に比べてもずば抜けています」

世界最古の軍法書「孫子の兵法」に通じる藤井の戦法

 つまり戦型ではなく、「攻めも受けもすべてまんべんなく強い」という意味で使ったのだ。通常棋士は、攻めか守りかどちらかに棋風がかたよる。渡辺は攻めをつなげることにかけては間違いなく日本一だし、永瀬拓矢王座は説明するまでもなく受けだ。豊島は序盤中盤終盤スキがないと言われるが、もともとは攻め将棋のスタイルで、粘り強くなったことでタイトルを取れるようになったのだ。

 ところが、終盤の切れ味鋭い攻めのイメージがある藤井は、師匠の杉本昌隆八段曰く、幼少の頃から受けにも長けていた。

 森内の言葉に「なるほど」と思い、藤井のタイトル戦を見直してみると、思い浮かんだのは世界最古の軍法書「孫子の兵法」だ。武田信玄の旗印にも使われた「風林火山」の元になった言葉である。

 其疾如風(その疾きこと風のごとく)

 其徐如林(そのしずかなること林のごとく)

 侵掠如火(侵掠すること火のごとく)

 不動如山(動かざること山のごとく)

 難知如陰(知りがたきこと陰のごとく)

 動如雷霆(動くこと雷霆のごとし)

 一言で言えば、「臨機応変に戦え」。場面によって、風になるべきか山になるべきか判断せよという意味だ。藤井の指し回しはまさに変幻自在だが、最近になって特に「林」と「陰」をレパートリーに加えた。