其疾如風(その疾きこと風のごとく)――竜王戦第1局
「風」は藤井の得意とするところで、藤井の攻めは疾風が駆け抜けるかのように見える。しかし、受けでも「風」を見せる。
先手藤井の相掛かりに対し、豊島は歩損作戦を選択。主導権を握って優勢に。普通の相手なら、そのまま攻め倒していただろう。しかし、藤井は2手連続で「風」のごとく玉を逃げ、3段目に玉が上がるという粘りを見せる。これで相手の読みの蓄積をすべて破棄させ、ミスを誘って逆転する。
さらには玉の頭上に桂をわざと跳ねさせ、攻め合うという絶妙の攻めで突き放す。皮を切らせて肉を断ち、肉を切らせて骨を断ち、寄せきった。
シリーズの流れを決めた玉の早逃げ、それは受けの「風」だった。
其徐如林(そのしずかなること林のごとく)――王位戦第3局、叡王戦第3・5局
「林」は将棋でいえば、しずかにする=手渡しになる。レジェンド羽生善治九段がもっとも得意とする技だ。
勇気を出して手を渡して相手に委ね、相手の攻めをことごとく受け止め局面をリードする。深い読みがなければただの緩手になってしまうが、藤井はこの難しい技を昨年から武器にした。
王位戦第3局、中盤戦59手目の銀打ち、69手目の歩を打った手。叡王戦第3局でじっと歩を伸ばした手。叡王戦第5局で二枚銀を並べて攻勢に出ようとした豊島に対してじっと飛車を引いた手。
これらの手渡しが、いずれも効果的だった。
広瀬章人八段は、王位戦第3局の手について、
「激しい折衝の中で、展開にブレーキを掛ける一手なんです。羽生善治九段が得意とするところの『手渡し』で、非常に珍しく容易ならざる一手でした」
と述べている。
「藤井さんは鋭い攻めで有名になりましたけど、最近はじっくり指して相手に手を渡す将棋が増えている気がするんですが?」と聞くと、広瀬は「おっしゃる通りで誰の影響なのか、何らかの勉強方法で身についてきてるのか練習パートナーにそういう人がいるのか……」と不思議がっていた。ともあれ、藤井が成長した一面を見せたのは間違いない。
侵掠如火(侵掠すること火のごとく)――竜王戦第3局
藤井が右辺敵陣に銀と角を連打したのにはプロ棋士は一様に驚いた。角と銀が動きを打ち消しあい、しかも角が動くと銀が取られるので身動きできないからだ。NHKスペシャルで畠山鎮八段は「その手を弟子が指したら四段になるのはきついかな」と語ったほど、プロの常識はずれの一手だった。ところが、これが敵陣を侵掠する「火」の妙手だった。
藤井は豊島が右辺を受けたのを見て、さっと飛車を左辺に転回して成り込む。そして火のごとく延焼し、敵陣を蹂躙する。
角銀が連絡しているので取ることができず、鎮火できない。つまり、「動けない」のではなく「動かない」のが真意だったのだ。最後は豊島玉があの角銀にいる方に追われて、角銀が玉を包みこむようにして寄せきった。