不動如山(動かざること山のごとく)――王位戦第2局、叡王戦第3局
豊島先勝で迎えた王位戦第2局。七番勝負の流れを変えた瞬間は、大詰めに豊島が角で王手をかけた場面だった。
角や飛車の王手には合い駒するか、広いところに逃げるかをまず考えるのがセオリー。この場面では上に逃げられないので、持ち駒を打って合い駒するのがプロの第一感だ。ところが、藤井はなんと玉を下に引いて居玉のポジションに。角の利きが通ったままで、いかにも危険だが、藤井は「詰めろ」(次に玉が詰まされてしまう状態)がこないと読み切っていた。この玉は動かざること山のごとく、終局まで微動だにしなかった。最後は持ち駒すべてを使って詰ませて逆転勝ち。
もしこの将棋を豊島が勝っていたら、藤井四冠はなかっただろう。
叡王戦第3局86手目、豊島に香を打たれて玉の逃げ場がなくなった。しかし、藤井は自玉を受けずに攻めて驚かせた。そして王手のからんだ両取りで攻め駒を抜く手を見せることで自玉への寄せを防ぎ、最後は2手違いで快勝した。
局後、観戦記者が危ない指し方ではないかと尋ねると、「これが危ないんですか?」と逆に聞かれてしまったとか。
AIにより、玉の安全度の指標で、金銀の密着度よりも玉の逃げ場所を優先されるようになった。すなわちガードマンがいないので王手はかかりやすく、玉の危険度を正しく把握しなければならない。藤井はAIのおかげで勝っているのではない。ただ、王手がかかりやすい玉形での戦いが増えたため、藤井の持ち味が生きやすくなった。
玉が薄いとき、危険なとき、どうしても防衛反応が働いてしまう。しかし、藤井は玉がどんなに危険になっても慌てない。圧倒的な読みに裏打ちされた「動かざること山のごとく」だ。かつて羽生は著書で「将棋界では、踏み込むことが大切です。見た目には、かなり危険でも、読み切っていれば怖くはない。剣豪の勝負でも、お互いの斬り合いで、相手の刀の切っ先が鼻先1センチのところをかすめていても、読みきっていれば大丈夫なんです」と語っていたが、今の藤井がまさにそれだ。
難知如陰(知りがたきこと陰のごとく)――竜王戦第2局、王将戦第1局
先手の豊島は、相掛かりから序盤早々に研究手を見せる。対して藤井は飛車を中央に回し、さらに銀を「風」のごとく4手連続で中央に進軍させる。
次に角道を開け、角と桂で中央突破を狙う、と誰しも思うだろう。
豊島が飛車を浮いて反撃を見せたのに対し、藤井は左辺をケアすべく金を動かしたのだが、なぜか低い位置に構えた。
この金の真意に気づいた棋士はおそらくいなかっただろう。豊島は歩を突いて、銀の退路を経ちつつ飛車の転回を狙う。ところが、ここで藤井は伏兵を用意していた。中央ではなく7筋の歩を突いたのだ。
飛車を回られたらどうするのか。銀の捕獲と飛車成りの両狙いが受からないではないか。その答えは「竜を作らせる」だった。金を低く配置したのは桂を守った意味だったのだ。浅いところに飛車を成られるだけならば問題ないと。
相手に竜を作らせ、それを放置して良しとは、一体どういう思考になればたどり着けるのか。