最後の三段リーグ
2015年10月、後期三段リーグが始まった。都成は毎朝起きると、駒を磨いた。その駒は、地元宮崎でずっと応援してくれていたアマ強豪の形見だった。小学1年生の頃から目をかけてくれていて、いつも稽古の相手をしてくれた。亡くなる前に病院にお見舞いに行くと、声も出せない状態なのに手を強く握ってくれた。自分がプロになるのをずっと待っていてくれたのに、昇段の報告ができなかった。その彼の家族から、形見としてもらったものだった。
この期、都成は吹っ切れたように勝ち星を重ねた。リーグ最終日の前に、昇段のチャンスを迎える。
昇段がかかった日、谷川は連盟の会長の仕事があり、都内にいた。都成の対局は大阪の将棋会館で行われている。午後7時を回ってもまだ連絡はなかった。
幹事の先生に「おめでとう」と言われて、都成は「あぁ……、そうなんだ」と我に返った。成績では2位に差をつけていたので、今日勝てば決まるかもしれないのは知っていた。対局が長くなり、終局は午後7時を過ぎていた。事務室で手続きをした後、昇段の報告をまっ先に師匠にした。長い奨励会が終わりを告げた報告は、不思議なほど冷静だった。
「おめでとう。本当によかったね」
師のその言葉に頭を下げた。それから実家に電話を入れた。「どうだったの」。母は一日中、ずっと連絡を待っていたのだろう。「上がったよ」。そう答えた後は、自分でも何を話したのか覚えていない。母親が電話口で泣き崩れていて、何を言っているのかわからない。その声を聞きながら、自分も涙が溢れてきていた。
父に連れられて初めて師に会ったときから、16年の月日が過ぎていた。
写真=野澤亘伸
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谷川浩司九段と都成竜馬七段の物語は、『師弟~棋士たち 魂の伝承~』で全文が読める。また、のちに将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)を受賞した同書には、計6組の師弟が登場する。