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「言葉がいかに凶器となるのか世に訴えたい」娘の命を“悪態”で奪われた遺族の無念

熊本高3女子インスタいじめ自殺事件#2

2022/08/20

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会

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SNS時代の耐え難いまでの言葉の軽さ

 調査報告書でいじめが認定されても、A子は今に至るまで一度も正式に遺族のもとに謝りに来てはいない。K也もまた、事件後家に来た時、自分が知華に投げ掛けた言葉については語らず、他の生徒の言動がひどかったという話をするだけだったと遺族はいう。

 飛び交う言葉も、人間関係も、何もかもが希薄だと言える。

 デジタルネイティブの世代のいじめは、それ以前のものとは全く異質で、非常に軽薄で鋭利な言葉が仲間内のなかで悪意を帯びて先鋭化しやすい。加害者はネットに誹謗中傷を書き込む人間と同様に罪の意識なく暴言を吐き散らし、それは同級生の間で炎上する。生徒の苦痛は学校内に留まらず、SNSによって365日、24時間つづく。

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 加害者側も教員もその深刻さに気がついていない。彼らが使用するのは今の世の中では一般的な言葉であり、誰もが使うコミュニケーションのツールなのだ。どこまでいけば高リスクなのかを判断する明確な基準もなければ、SNSの使用を禁ずることもできない。だからこそ、被害者の子供は誰に、どのように助けを求めていいのかわからないまま、最悪の事態へ追い込まれていく。

 SNS時代の耐え難いまでの言葉の軽さに社会はどう向き合い、子供たちの心を守るかが今問われているのではないだろうか。

 智彦の言葉である。

これから長い間、大きな苦しみと孤独の中で闘っていくことに

「事件から3年以上経ったいまも、知華のことを思い出さない日はありません。親として娘を守ってあげられなかった自分たちをどれだけ責め、泣いたか分かりません。

 いじめは、人の命を奪うほどの凶器になります。あの日、知華がどれほど傷つき、苦しんだか、その無念を晴らしたいという気持ちで訴訟することにしたのです。遺族は、加害者側の主張を聞かされるだけで気が狂いそうなほどたまらない気持ちになります。でも、加害者だけでなく、世の中全体がいじめの問題を深刻に捉えていないという現実を目の当たりにすると、本当に心が折れそうです」

 なお、今回の訴訟に関して、A子側は一部の悪口を発したことは認めて哀悼の意を示しているが、それが自殺の直接的な要因となったことについては認めていない。K也側に関しては、当日の行動は知華を助けようとしてやった行為であり、一切の法的責任はなく、加害者として訴えるのは名誉棄損だと反論している。私は真意をたしかめるべく、弁護士を通して2人に取材を申し込んだが、断られた。質問状を送って、再度本人の見解を聞きたいと打診したが、書面での質問にも無回答だった。

 2022年からはじまった民事裁判は、A子とK也の他、同級生2人の女性が訴えられた。彼らの言動といじめの因果関係を明らかにすることが目的だった。

 3人の女性のうち1人は、今年6月に自らの言動と自殺との因果関係を認めたため和解が成立。現在、A子ともう1人の女性が和解を申し出てきてはいるものの成立はしておらず、K也に至ってはそうした話にはなっていないという。

 父親の智彦は言う。

「裁判では特別に私たち遺族が被告らに質問したいと思うことを弁護士を通じて聞いてもらいました。被告人たちは言葉の上では謝罪の意を示していましたが、私たちの立場からすれば、期待していた謝罪の言葉とは違っていましたし、それで済むものではないという思いがあったので、つらい気持ちが先に立ちました」

 被告の真意はわからないが、遺族にしてみれば理想と現実に差を感じたということなのだろう。

 苦しい思いをしながらも民事裁判という形で事件と向き合っているのは、言葉の持つ暴力性を被告人に理解させるのと同時に、社会に広くつたえたいと考えているからだ。この事件を通じて、言葉がいかに鋭利な刃物のような凶器となり、それが若者たちの人生に悪影響を与えているかは、拙著『ルポ 誰が国語力を殺すのか』に詳しく記したので、そちらに譲りたい。

 智彦は言う。

「日本全国で、言葉によるいじめの深刻な被害は他にもたくさん起きていると思います。でも、短いニュースだけでは、言葉の持つ暴力性の問題が十分につたわりません。自死の詳しい背景を含めて、問題の本質をもっと知ってもらいたい。僕としては言葉がいかに凶器となるのか、それを防ぐにはどうすればいいのか、きちんと世に訴えたいと思っています」

 妻の志乃も言う。

「高校でのいじめは、小中学校のものと比べて親が介入しづらいし、事実が表に出にくいと思っています。その結果、自殺した被害者ばかりが損をすることになりかねません。だからこそ、遺族がちゃんと声を上げて、何が起きたのかを明らかにしなければ、泣き寝入りがこれからもずっとつづいてしまうと思うのです」

 今や若者を取り巻く言語環境が、ネットやグローバリゼーションの影響を受けて大きく様変わりしている。ともすれば言葉そのものが乱暴かつ狂暴なものになりがちな中、こうした遺族の声は、重く胸に響く。

 日本の子供たちの未来を守るために、私たちは何をなすべきなのか、深く考える時期にきていることは確かだろう。

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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)

ルポ 誰が国語力を殺すのか

石井 光太

文藝春秋

2022年7月27日 発売

「言葉がいかに凶器となるのか世に訴えたい」娘の命を“悪態”で奪われた遺族の無念

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