事実を説明しても信じてもらえず
「一緒には帰ってない」
その場にいた別の人間が「それなら、(知華に)確認したら?」と言った。K也は知華にそうなのかと尋ねた。知華は言った。
「ママを待っとっただけ」
B男と知華がそろって否定したのである。本来はこれで一件落着するはずだったが、事態が収まることはなかった。
三時間目の数学の授業がはじまると、自分の誤解で終わらせたくなかったA子らが再び、「あいつだけ離れておったやん」「視界から消えて」などと言いだした。その場にいた同級生ははっきりとA子らが「絶対嘘やろ」「死んでほしい」「視界から消えてほしい」などと言っているのを聞いている。
後に、授業をしていた教師は、こうした暴言の内容はほとんど聞き取れていなかったと証言している。教師にとっては、荒れたクラスのいつものおしゃべりに過ぎなかったのかもしれない。
だが、知華にしてみれば、事実を説明しても信じてもらえず、いつ終わるとも知れない精神的苦痛のどん底に突き落とされたことを意味する。学校に来れば罵詈雑言を浴びせられ、SNSでは24時間にわたって何をつぶやかれているかわからない恐怖に苛まれる。17歳の彼女にしてみれば、未来が真っ黒な泥で塗りつぶされたのも同じだっただろう。
「ネズミが逃げるぞ」「ガイジが逃げるぞ」
3時間目が終わり、休み時間になると、さらにA子らの罵倒は大きくなった。クラスの1人が心配になったのか、こうつぶやいた。
「今はいじめで逮捕されるらしいやん」
A子が答えた。
「逮捕されるくらいならうちが自殺する。死んだがましやん」
クラスメイトたちはそれを聞いて一斉に笑った。追い詰められた知華の耳には、その言葉が決定打になってしまったのかもしれない。A子が半永久的に自分をいじめると宣言しているように聞こえたのではないか。
親友は振り返る。
「この日私は遅刻したんですが、すでにクラス中でひどい言葉が飛んでました。途中まで知華もがんばってたんですが、3時間目には顔を上げることもできなくなってずっと机に顔を伏せて泣いてました。それで休み時間に私が声を掛けたら、『頭が痛いけん。帰りたい』って言ったんです。私が知華を担任がいる家庭科室まで連れていこうとすると、教室中から『ネズミが逃げるぞ』『ガイジが逃げるぞ』って声が飛び交いました」
その後、知華は教員に頭痛がするので早退したいと告げる。教員は一度だけ「何かあったとね」と尋ねたが、知華が否定すると、それ以上聞かずに早退を認めた。