2020年から猛威を振るい始めた新型コロナウイルスによって、人々の生活は大きく変わってしまった。なかには日常生活を奪い取られ、窮地に追い詰められた人々もいる。しかし彼らは、現実に絶望し、悲嘆に暮れながらも、自らの力で困難な状況を打開しようと立ち上がるのだった――。
ここでは、作家の石井光太氏がコロナ禍で窮状に陥った人々を多面的にルポした『ルポ 自助2020- ――頼りにならないこの国で』(筑摩書房)から一部を抜粋。虐待下の子供たちを救う児童相談所の取り組みを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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虐待下の子供たちを救え~江戸川区児童相談所他
日本がまさにコロナ禍へ突入しようとしていた2020年4月1日、東京で開所した児童相談所がある。江戸川区児童相談所「はあとポート」だ。
これまで、東京都では都が各所の児童相談所をまとめて所管していたが、家庭への対応をより迅速かつ効果的にするため、区の指示系統に置かれることが決まった。そこで都内23区のうち練馬区を除く22区に児童相談所が設置されることになり、江戸川区は世田谷区とともに他に先駆けて開所したのだ。
江戸川区児童相談所では、児童福祉司や児童心理司など総勢150人ほどの人員で対応に当っている。他区の児童相談所から配属されてきたメンバーも少なくなく、スムーズな引継ぎが求められていた。コロナ禍に襲われたのは、まさにその切り替えの時期だった。
同所の援助課長である上坂かおりは、緊急事態宣言下の状況を次のように述べる。
「コロナの影響でいえば、家で常に親子が顔を突き合わせている状況がつづくことで虐待やDVが起こりやすい状況になりました。うちの児童相談所には、オープンした4月の1カ月でおおよそ150件の相談が寄せられました。そのうち、40件が警察からの通報です。案件としては、一般的な虐待の他、面前DV(親が子供の前で配偶者に暴力をふるう)、親子ゲンカなどが多い印象ですね。コロナで両親が在宅勤務になって家でストレスを溜めてケンカをはじめたり、休校になって家にいる子供に暴力を振るったりしたと考えられます」
劣悪な家庭環境では、日常の中で生じる家族間の距離が安全を保つものとなる。親が仕事へ行っていたり、子供が学校やアルバイトへ行っていたりすれば、衝突する頻度が減るためだ。だが、緊急事態宣言が発令されたことで、家族が普段以上に顔を合わせる時間が長くなり、虐待の増加へつながった。
とはいえ、どの家でもこうしたことが起こるわけではなく、背景には親が抱えていた問題がコロナ禍で大きくなったことがある。すでに精神疾患を抱えていた親が外出できずに病気を悪化させる、もともと低収入だった家庭がコロナ禍でより困窮する、不仲の夫婦が1日中同じ家にいなければならなくなる……。家族が密になったからいきなり虐待が起きたというより、コロナ禍の前からあった親の問題がより深刻になったと考える方が適切だろう。
同時に目を向けなければならないのは、コロナ禍では親だけでなく、子供が抱えていた問題も悪化する傾向にあったという点だ。各所の児童相談所に報告されたのが、発達障害や精神疾患を抱える子供たちの案件だ。
たとえば、多動の傾向が目立つADHDの子供がいたとしよう。親にしてみれば、その子が保育園や学校に行っている間は、一息ついたり、家の用事を済ませたりする大切な時間だ。ところが、休校によって親が24時間その子と一緒にいなければならないとしたら、どういうことになるだろうか。子供は行動範囲や人間関係が狭まったことによって家庭内で今まで以上に多動的な言動を示すだろうし、親は1日中それに振り回されることになる。