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 静美にしてみれば、これまで避けてきたことを突然押し付けられたような気持ちだった。子供たちは母親が家にいるのが嬉しくて甘えようとするが、静美にとっては煩わしいだけだ。それで「どっか行きなさい!」と怒れば、次女と長男は特性的なこともあって手が付けられないほど激しく暴れる。それが余計に静美の心をかき乱してアルコールに走らせた。

 団地の他の住民から児童相談所に通報が入ったのは、4月の終わりのことだった。毎日静美の怒鳴り声や子供たちの泣き声が響き、たまに顔を合わせると子供たちの顔などにアザがくっきりとついている。それで虐待が起きていると判断され、通報されたのだ。

 児童相談所は、3人の子供を一時保護所で預かることにした。

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子どもを見守る機能が失われる

 こうしてみると、それまで微妙なバランスでなんとか成り立っていた家庭が、コロナ禍による生活スタイルの変化で壊れていく過程がわかるのではないだろうか。

 一方で、児童相談所は、コロナ禍における虐待の発見や家庭への介入の難しさに直面していた。原因は、問題のある家庭の子供の見守りをしていた教育機関などが休止に追い込まれたことだ。

 先述の江戸川区児童相談所の上坂は話す。

「児童相談所は、各種の通報や相談を受けて虐待が起こりそうな家庭を把握しています。通常は家庭訪問などを通して見守りを行うのですが、人手が足りずに十分にできなかったり、親がかかわりを避けたりすることがあります。

 そのため、児童相談所だけで見守りをするというより、地域の保育園、幼稚園、小学校などと連携して虐待の予防や発見に努めています。学校に子供が登校していれば、日々の様子を教員やスクールカウンセラーがチェックすることができますので、もしそこで虐待の傷が確認されたり、言動に不審な点が見つかったりしたら、報告を受けて私たちが出向くのです。

 しかし、コロナ禍では学校が休校になってしまい、教員と生徒が接する機会だけでなく、生徒同士が接する機会まで失われてしまいました。そのせいで、児童相談所と教育機関との連携が思うように機能しなくなってしまったのです」

 学校外で行ってきた見守りについても同じことがいえる。たとえば、江戸川区には「共育プラザ」という区が運営する公共施設が7カ所あり、ビリヤードのようなゲームから、スポーツジム、球技場、それにバンド活動を行える音楽スタジオまでを完備し、普段は主に中高生が利用している。

 大部分の子供にとってそこは使い勝手のいい遊び場だろうが、家庭環境が悪い子供や不登校の子供にとっては数少ない居場所だ。施設の職員はそれを理解していて、問題を抱えている子供たちには積極的に話しかけ、何かあれば相談や支援へとつなげる。ここもまた、子供たちのセーフティーネットとしての役割を持っているのだ。だが、これらの施設も、学校と同じようにコロナ禍によって休止に追い込まれ、子供たちの見守り機能を失った。

 さらに、NPO団体などが運営する子供食堂や無料学習塾などにおいても、似たようなことが当てはまる。こうした施設は食事を出したり、勉強を教えたりする事業と並行して、それを入り口にして子供や親の相談に乗り、何かあれば支援を行っている。ここが運営休止になれば、子供たちに何か問題が起きた時の発見や介入が大幅に遅れるのだ。