長らく学校が終わった後に発達障害の子供たちを預かる、放課後等デイサービスで働いていた大池良子は述べる。
「世間では、障害児を持つ親についてきれいごとばかりが語られます。でも、親が子供の扱いに困り果てて壊れるというケースは、実際に語られている以上に多いのです。親が子供に振り回されて心を病んでしまう、夫婦の育児に対する考え方が対立して離婚につながる、共働きができなくなって生活が困窮する。きょうだいも同じで、障害のある弟や妹がいるということで、同級生からからかわれて、不登校になるというケースはよくある話です。
学校や放課後等デイサービスは、そういう家族に対する支援の場としてとても重要なところです。親にしてみれば、子供が学校や放課後等デイサービスへ行っている間に休むことができるし、困ったことがあれば相談もできる。別のきょうだいに愛情を注ぐこともできます。家族がバランスをとるために不可欠な場所なのです。
これは、障害のある子供にとっても同じです。特別支援学級や放課後等デイサービスには、障害を理解している専門の職員がいます。職員が子供たちの特性を把握し、どうやったら快適に過ごせるかを考え、壁にぶつかっていれば乗り越える手伝いをしてくれる。こうした時間が、子供自身の心の安定を生んでいるのです。
コロナ禍が奪ったのは、こうした支援環境でした。子供は学校や放課後等デイサービスから引き離されることで生活にストレスを感じ、家族に対して暴力を振るうとか、自室に引きこもってゲームや買い物依存になるといったことに陥った。家族にとってはそれが大きな負担になる。まったくの悪循環だと思います」
障害児と依存症の関係がわかりにくいかもしれないが、児童思春期精神科外来の調査では、自閉症スペクトラムと診断された10・8%、ADHDと診断された12・5%がネット依存であり、両方の合併者になると20%に上るという統計がある。これは、発達障害の特性が依存症に陥りやすいことを示しているが、それがコロナ禍でより顕著になったということだ。
では、こうした特性のある子供たちが、どのように児童相談所の虐待事案につながっていくのか。1つの事例を紹介したい。30代のシングルマザーの家庭で起きた虐待事件である。
微妙なバランスが崩れる瞬間
山内静美(仮名)は、ギャンブル依存症の両親のもとで生まれ育った。不動産屋を経営する父親は、競馬場、競艇場、パチンコ店、さらには愛人の家に入り浸って帰ってこず、母親もパチンコ店に通いつめて寂しさを紛らせていた。
こうした家庭環境もあって、静美は中学時代から道を踏み外し、高校も数カ月で中退。地元で水商売をしていた18歳の時に、9歳年上の解体業の男性と結婚した。
静美は、夫との間に2人の娘と1人の息子を出産した。だが、夫の家庭内暴力がひどく、20代の終わりに離婚。母子生活支援施設を経て、生活保護を受給して公営団地で新生活をスタートさせた。
晴れて母子だけの生活がスタートしたが、静美は子育てがうまくできなかった。次女と長男が発達障害で、彼女だけでは手に余ったのだ。静美は現実から目をそらすかのように毎日浴びるように酒を飲み、生活が困窮してからはキャバクラでアルバイトをするようになった。午後6時に家を出て、アフターを終えて帰宅するのは明け方。その間の発達障害の2人の子供の世話は、小学生の長女の役目だった。
新型コロナが広まったのは、そんな最中のことだった。キャバクラが休業に追い込まれたことで、静美は仕事を失ったばかりか、子供たちの学校も休校になった。これによって、静美は24時間にわたって3人の子供と過ごす生活を余儀なくされた。