――急激に…。
新田 2週間程度の入院後、退院の日に立てないと知り、自宅での介護が始まりました。元々、私たち夫婦と母で二世帯住宅に住んでいたところに、母の介護に伴い、独身の兄が母の居住スペースに引っ越してくることになりました。
大変だから助けて!
――まず、自宅で介護を始めて、どんなことを感じましたか?
新田 はじめに驚いたのはオムツですね。甥っ子姪っ子が赤ちゃんのときにオムツを替えたこともありますが、子どものオムツって男の子と女の子で分かれてますよね。それに、毎回取り替えるじゃないですか。でも大人用のオムツは男女兼用。しかも、オムツは2枚重ねで、外側のオムツは何度か使いまわし。内側のパッドのみ取り替えるんですよ。また、昼間はまめに取り替えられるから小さめのパッド、夜寝るときは大きめにするといったことも、初めて知りました。
あと、赤ちゃんは軽いからお尻をヒョイっと持ち上げてオムツ交換できますが、母親のお尻を持ち上げるなんて無理。そういったことも一つ一つ医療従事者の方に教えていただきました。
――いちからのスタートだったんですね。ご家族で、介護の役割分担のようなものは決められたのでしょうか?
新田 特に分担を決めたわけではなくて、自然とそうなっていった感じです。
兄が母の居住スペースにいるので必然的にメインの介護者は兄。私は物理的な介護と金銭面でサポートしました。ただ、なんだかんだいっても細かいことに気づいてしまうのは自分なので、あまり変わらないような気もしますが。
親が介護になったことは、恥ずかしいことではない
一日の流れは、日中は兄に任せて私は仕事に行く。兄が飲食店勤務のため夕方から出勤するので、夜は私にバトンタッチ。ただ、日中も朝ご飯を作ったり、適宜顔は出したかな。
――新田さんは介護をする上で、意識していたことはありますか?
新田 「言いふらし介護」です。言いふらすっていうと言葉が悪く聞こえるかもしれませんが、要は一人で抱えない。「介護することになっちゃった、大変!」って。「大変だから助けてね」って声を上げることはいいことだなって思ったんです。だから言いふらしていこうって。
――前向きな言いふらしですね。はじめから声を出せましたか?
新田 変な話ですが、以前飼っていた犬が亡くなったときに、もう悲しくて悲しくて。それで、自分の気持ちをブログに書いたら、すごく気持ちが落ち着いたんです。その経験があったから、親の介護でパニックになったら書こうって思っていました。