特に、20代半ばの3尉や3曹が教官役を行うと緊張で失敗をすることもあります。緊張しすぎて、有毒なガスから身を守るための防護マスクの使用方法を教える際に、「目をつぶり、呼吸を止めて、マスクを付ける」というところを「目をつぶり、心臓を止めて、マスクを付ける」と言った人も実際にいました。
知られざる鬼の素顔
私が幹部候補生学校で出会った区隊長はとても厳しく、まさに鬼でした。朝礼後に教官室に行くと「何が言いたいか分からない!!」と言われ、整理整頓が上手くいっていないと「お前らは自衛隊をなんだと思っているんだ!!」と激怒し、台風が発生することもしばしばありました。
ちなみに、台風とは、整理整頓不良時に鬼教官が部屋の物品を全て吹っ飛ばすことを指します(部屋にわいせつ本があれば反省文が要求されます)。現在は「パワハラだ」という意見もあり、あまり行われなくなったようです。が、一昔前はほぼ強制的に発生するイベントでした。
その鬼教官は、徒歩行進訓練で候補生がへばれば、「体力がなくなるのは体を鍛えていないからだろー! 辛そうな顔するんじゃない!」と言い、訓練中の食事の準備で誰かが不機嫌になれば「はい、不機嫌な感じだからお前らはお預けだ」と30分間も食事の前で候補生を待機させました。お預けを受けた候補生達はしょぼくれた顔をして、「赤飯」と「たくあん」、「ます野菜煮」の缶詰を見つめていました(鎌倉武士のご馳走みたいなメニューですね)。そうしたことが続いたので、候補生の間では「教官の家に隕石が落ちないかな」とブラック企業に悶え苦しむ社員のような会話をしていたのです。
同期と酒を飲みながら談笑していると…
そんな教育期間中の休日、私は、心のやすらぎを取り戻しに同期数名と久留米市内の焼き鳥屋に行きました。しかし、同期と酒を飲みながら談笑していると、なんと鬼教官が一人で来店してきたのです。当然、「最悪だ。とにかくばれないようにしよう」と心の中で思ったのですが、横目で彼を見ると普段とまったく違う穏やかで優しい顔をしていることに気が付きました。