ローカルタレントである虚しさ、仲間のいない孤独感。それは彼女を苛むと同時に、常に上沼恵美子を奮い立たせるエネルギーでもあった。
望むと望まざるとにかかわらず上沼恵美子を“全国区”へと押し上げた「M-1」への思い。今まで積極的に語ることのなかった「お笑い」についての私感。ひとりで戦い続けてきた上沼恵美子が今芸人たちに言いたいこと。(全3回中の3回/1回目を読む)
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「M-1」というものは、笑いじゃないような気がする
――「ほらは吹くけど嘘はつかない」とおっしゃってましたが、「M-1」の審査でもそうでしたか?
上沼 そうですね。「他の審査員の方はネットを気にしてる」って言ってました。それは本人たちが言ったのではなくて、「気にしてるなあ」って第三者が言ってましたね。
怖いんでしょうね、やっぱり。私は知らなかったのでね、そのへんが。悪かったのかよかったのかちょっとわからないんですけど。
――確かに、ネットのお笑いマニアの方々からは「(上沼恵美子の審査は)好き嫌いでやってるんじゃないか」という批判もありました。
上沼 そうです。今、お笑いマニアが増えてますよね。一般受けしないような漫才を支持したりしてますね。私は理解できないです。ただ、あの席には選ばれて行ってるわけですから、媚びたり、みなさんの顔色をうかがってやるつもりは全くなかったんですよね。
でももう、やっぱり怖いなって思いますね。「M-1」というものは、笑いじゃないような気がします。なんやろうな。
――笑いじゃない。
上沼 面白いとか、もう腹抱えて笑うわというような漫才じゃないような気がするんですよ。まあ言うたら、来年テレビかラジオが増えるわっていう登竜門なんですかね。昔『スター誕生』ってありましたけど、お笑いもそんなようなかたちになってきて。
面白いとか、思わず吹き出す笑いというものでなく、全部知った体でみなさん観てますよね。それはもうマニアだから「この人たちを支持するんだね」というような、お笑いが何かの「意思表明」みたいになってる。
私はそこにぽつんと置かれてるので、ただ普通に観ているんですけれども。あの、敗者復活で上がってきた子いるでしょう。ドラマに出てる子。
――ハライチですか?
上沼 ああ、ハライチ。面白かったと思います。初めて観たんですよ。ドラマではよく観る人やなと思ったけど、この人面白いんだ、と思いました。ただ、すごいいいなと思ったのに、他の方が辛い点だったので。「え、なんで?」って私言ってしまった。それはね、みんなも思ってるんですよ。でもああいう漫才には点を入れてはいけないんだと、そういう掟みたいなのは感じました。
――元々バラエティであって、演芸であって、お客さんを笑わせるための番組ですもんね。それがいつの間にか競技のようになっているというのはわかります。
上沼 そうなんですよ。変わりましたね。「M-1」に関する特番が多くなりましたし。DVDが売れるらしいです。それはわかるんですがね、もう私はついていけないんですよ。私はハライチという子が一番面白かった。ズレてるんかもしれません。
――感覚的な「面白い」より、フィギュアスケートのような、芸術点が何点とか、着地できたら何点とか、より細かく分析されるものになってきてるのでしょうか。
上沼 ああ、なるほどね。おっしゃるとおり。だからテレビをご覧の方は、私と得点一緒だったという方が多いんですよ。
スタジオの周りに来てるファンとか、その子たちのライブにわーっと押しかける人というのは、ほんとに審査員以上のものを持ってるんですよね。それはもうついていけないですよ。だから私は……あの“暴言”をもらったように、M-1審査員の資格はないと思います。