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「刑事の初仕事お疲れさん。晩飯でも行こか」

 詳しい内容は後述するが、遺体を調べる検視も刑事の仕事や。ほうほうのていで水死体を署に搬送したワシは、先輩刑事らと検視し、鑑定処分許可状を請求した。解剖の補助では、監察医が遺体から取り出した内臓の重さを量ったり、検視官の所見を聞いて書類を作成した。

 解剖が終わってから刑事部屋に帰ると、刑事課長をはじめとする先輩たちが「アッキャン(ワシの愛称)、刑事の初仕事お疲れさん。晩飯でも行こか」と食事に誘ってくれた。気遣いに恐縮したが、連れて行かれた先は焼肉屋だった。腐敗汁の臭いや口に入った指の感触、ついさっきまで行っていた解剖の様子がフラッシュバックし、肉を食べている最中に気分が悪くなってトイレに駆け込んだ。後から聞いたところ、初めて遺体を扱った刑事を焼肉屋に連れて行くのは、新米を鍛えるための恒例の儀式だったようだ。

写真はイメージです ©iStock.com

 それにしても忘れられない刑事人生初日になった。刑事ドラマばりにカッコよく犯人を追い詰めるのが刑事の仕事だと思っていたら、ブクブクの水死体を運び解剖を補助するエライ洗礼を受けた。「こりゃ、ナメとったらいかんな」と心に刻んだ。

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 この日のために新調した三つ揃いのスーツは遺体の腐敗汁で台無しになったが、刑事人生の初日にいい経験をさせてもらったと思っている。

お茶くみの日々

 ワシが刑事デビューした鳴門署は署員80名ほどの規模で、刑事課には課長以下12名の刑事が在籍していた。新米刑事のワシは仕事を覚えることに必死だった。

 先輩刑事からは「取り調べ、聞き込み、書類作成の3つを一日も早く自分のモノにしろ」と口酸っぱく言われた。取り調べは、被疑者を自白させる力。聞き込みは、情報提供者(協力者)とネタを得る力。書類作成は、供述調書や捜査報告書といった多種多様の書類を作成する能力を指す。

 主に被害者や被疑者の調書作成を担当していた新人のワシは、見栄を張ってカルティエとモンブランの万年筆を愛用していた。捜査書類に押す印鑑は、自分を鼓舞するために15ミリの大型サイズを特注した。万年筆の値段と印鑑の大きさだけは、最初からどの刑事にも負けなかった。

 殺人や強盗事件などの凶悪犯罪が発生すると、所轄署に県警本部の捜査第一f課を中心とした捜査本部が立ち上げられる。ちなみに関西方面では捜査本部を「帳場」と呼ぶ。

 ワシが刑事になった時は、鳴門署に銀行強盗と民家侵入緊縛強盗を扱う2つの捜査本部があった。署の大会議室には100人ほどの捜査員が集合し、事件現場周辺の聞き込みをする「地取り班」、被害者やその周辺者を捜査する「被害者班」、現場検証や鑑識が中心の「現場班」、犯人が現場に遺したものを捜査する「遺留品班」、容疑者が浮上したらその者の内偵捜査をする「特命班」に分かれて、捜査第一課長ら捜査幹部の指示で集中捜査を展開していた。

 所轄の新米刑事の仕事はお茶くみから始まる。伝統芸能の世界に入ったばかりの前座のように、熱いお茶や渋いお茶など捜査本部の先輩の好みを把握し、日々、お茶くみに励んだ。その他にも毎日することが山積みだった。