ガソリン入りのポリタンクを持った犯人と対峙した“リーゼント刑事”こと秋山博康氏。火をつけた犯人によって、炎と黒煙に囲まれ逃げ場を失ってしまう。

 長い警察人生の中で、特に印象深かった「人質立てこもり事件」を、『リーゼント刑事 42年間の警察人生全記録』より一部抜粋。絶体絶命の状況でも、彼が希望を捨てずに生還できた理由とは?(全3回の3回目/#1#2を読む)

猛火と黒煙につつまれてもリーゼント刑事はなぜ絶望しなかったのか?(筆者提供)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「これはアカン」という絶体絶命の場面

 刑事の仕事は常に危険と隣り合わせや。ワシは長い刑事生活のなかで何度も「これはアカン」という絶体絶命の場面に遭遇し、すんでのところで危機を乗り越えてきた。

 多種多様な凶悪犯罪のなかでも、人質立てこもり事件は被害者が犯人の手中にあり、事件自体が流動する。通常の事件は発生後に認知してから捜査を始め、犯人と証拠を探し出すが、立てこもりは事件そのものが犯人主導で動いているから、捜査の難易度が高い。しかもわずかなミスが被害者の命に直結する。

 現場の経験が足りない捜査幹部や捜査員がこの種の事件を担当すると、一瞬の判断に迷いが生じて最悪の結末を招く可能性がある。人質立てこもり事件と同質の難易度があるのは、身代金目的誘拐事件だけだろう。

 ただ、こうした凶悪犯罪はめったに発生することがない。現役時代に一度も遭遇しなかったという刑事も珍しくない。

 ところがワシは、それほど稀有な人質立てこもり事件を、なぜか1年の間に2度も経験した。しかも両方とも、一歩間違えれば命を落としたかもしれない危険な現場だった。

「マスコミを呼べ。俺の花道を映せ!」

 あれはワシが徳島東警察署で刑事第一課強行犯係の係長をしていた時だった。

「隣の家から突然、『助けて~!』という声が聞こえました」

 住民からこんな110番通報があり、ワシは覆面パトカーで現場に直行した。当初は揉め事かケンカやろうと思っていたが、現場に到着すると、「助けて」という声が聞こえてきたという平屋の一軒家は玄関や窓がすべて施錠されて、カーテンが閉められていた。

「ごめんくださ~い!」と玄関から声をかけてもシーンとして何の反応もない。

 異様な雰囲気を感じ取ったワシは、家の裏の窓から声をかけ続けた。しばらくすると、「助けてくれ~!」と叫ぶ男の声が聞こえて、その直後に「うるさいんじゃ! 黙らんかい!」と怒鳴る別の男の声が聞こえた。

 これは人質立てこもり事件や――そう直感したワシが「どうしてほしいんじゃ。アンタは誰じゃ。一緒にいる人はケガしていないか」と説得を始めると、犯人は「俺は◯◯じゃ。マスコミを呼べ。俺の花道を映せ!」と要求してきた。

 ワシは「まあまあ、とりあえず人質を解放してくれや。それで、じっくり話し合おうやないか」と話しかけた。人質立てこもり事件では、説得役が言葉を間違えると人質に危害が加えられることがある。ワシは犯人をできる限り落ち着かせるように腐心して説得を重ねた。そのなかで、被疑者と人質がかつての「ムショ仲間」ということがわかった。

 極度の緊張状態のなか時間はどんどん過ぎ、説得を始めてから約10時間が経っていた。