1983年(126分)/東宝/2750円(税込)

 今年二月に刊行された『音が語る、日本映画の黄金時代』(河出書房新社)が、とんでもなく面白い。

 これは録音技師の紅谷愃一(べにたにけんいち)が六十年以上に及ぶ映画人生を語りつくした一冊。助手時代の『羅生門』『雨月物語』に始まり、川島雄三、今村昌平、浦山桐郎といった日活の名監督たちや高倉健との仕事、さらには角川映画など、撮影現場の様子が「音を録る」という視点から語られている。

 映画において「音」は「観ながら自然と耳に入る」状況が最も好ましい。そのため、良い仕事をすればするほど、目立たない。そんな我々が当然のように耳にしている「音」はどのように録られているのか――。その試行錯誤と悪戦苦闘の様が、具体的な証言によって浮かび上がっていく。

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 現在はワイヤレスマイクがあるため、俳優にそれを装着して無線で飛ばせば、どんな場所でも音を拾うことができる。が、かつては全てが有線。録音機材を隠す場がない撮影場所では、画だけを撮ってセリフは後で録り直す「アフレコ」をしていた。が、紅谷はあくまで同時録音にこだわる。そうでなければその場の空気感が出ないため、「嘘の音」になってしまうと考えるからだ。

 今回取り上げる『居酒屋兆治』は、そんな紅谷のこだわりと技術の結晶たる作品だ。

 本作は居酒屋を営む主人公の英治(高倉健)を取り巻く人間模様が描かれる。となると当然、物語の多くは居酒屋のシーンになってくる。

 これが紅谷にとって難題だった。その苦労は『音が語る』でも語られているのだが、その裏側をもっと知りたくなり、先日、当人に取材した。

 降旗康男監督は居酒屋のL字カウンターに余すところなく客を座らせて、彼らに台本から離れて思い思いに喋らせている。一方ではカウンター内の高倉健の芝居もある。

 そうなると、居酒屋の賑やかな感じを伝えるために客たちの会話を観客にキチンと聞かせる必要がありながら、高倉が話す際は客たちの声を絞らなければならない。今ならデジタル技術により、後でそれぞれの音量を調整できる。が、当時はアナログ。現場の一発録り以外に、方法はない。

 どのタイミングで高倉健が話し始めるか、どこで間が来るか、どこで再び話し始めるか――。紅谷は瞬時に判断して対応していく。しかも、録音ブースはセットの外にあり、役者たちの芝居は見えない。全ては、ヘッドホン越しに感じ取る呼吸から、勘によって音のバランスを決めていく。

 本編を観ると、たしかに居酒屋は臨場感にあふれている。そんな凄技が使われていたとは気づけない。これぞ職人の技術。現場の話は奥深い。

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