久保さんがその宿に着いたとき、Mさんはあと1週間で帰国する予定だと言っていた。その日は丁度、久保さんが上海から旅立つ日でもあった。そこからの1週間、日中はMさんの撮影に同行し、夜は部屋のみんなと楽しく過ごし、あっという間に時間が過ぎていったという。
最後の夜に飲み会が開かれ……
久保さんが宿を出る前日、すなわちMさんが帰国する前日には、部屋のみんなが2人のために飲み会を開いてくれた。酒を持ち寄り、遅くまで騒いだ。そして夜も深くなり、話すことも徐々になくなって来たとき、その中の1人が上海のとあるホテルの話をした。
「前に泊まったあのホテルでえらい思いをしたんだよ。金縛りにあってさ……」
それをきっかけに、それぞれが心霊体験や怪談話をする流れになった。久保さんも人から聞いた話や、自分が体験した不思議な話を披露した。
しかし全員が盛り上がって話すなか、Mさんだけは蚊帳の外だった。別に眠っているわけではないのだが、かといって話を聞いている感じでもない。久保さんは気になって、「Mさんも何か話してよ。人から聞いた話でもいいし」と声をかけた。
「封印してるから……」
すると、Mさんはちらっと此方を見て、「いやー、俺そんな話もってないわ」と、興味なさそうにして、また顔を下げた。だが、お酒が入っているせいもあり、久保さんと他の仲間はしつこくMさんに絡んだ。
「いやあーなんかあるでしょ。聞いた話でもええねんから」
「だから無いって」
そんな会話が何回か続いた後、Mさんはボソッと、
「封印してるから……」
と言った。一瞬、部屋に沈黙が降りた。久保さんも思わず言葉を失ったが、すぐに堰を切ったように「封印した話? 面白いやんか、教えてよ」と、Mさんをけしかけた。