司馬遼太郎の幻のデビュー作と言われる短編をコミカライズした『ペルシャの幻術師』がついに完結。5月20日に第2巻が発売となった。

『ペルシャの幻術師 2』(文藝春秋)

 描かれるのは、「ペルシャ」の町で生きるひとりの女性の「自立の物語」。

 漫画を手掛けた蔵西は、司馬遼太郎の意外な原点ともいえる作品世界を、精緻な作画で鮮やかに現代によみがえらせた。

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 13世紀のモンゴルに征服されたペルシャ(イラン)を舞台にした本作は、いったいどのようにつくられていったのか。蔵西さんと、作品の監修に携わった歴史研究者の高木小苗さんのお2人にお話をうかがった。

 こちらは対談<後編>です。<前編>はこちら

司馬遼太郎は何を読んでデビュー作を書いたのか

高木 ボルトルは、西アジアに遠征した、チンギス・ハンの孫であるフラグの第4子ということになっています。

 でも、実在の第4子は別の名前で、病気で亡くなっているんですよ。

『ペルシャの幻術師』のころ、遠征中のフラグはまだイラン高原にたどり着いていないので、この段階でフィクションではあるんです。

 でも、フラグより早くペルシャに入った先遣隊のような人たちはいました。

蔵西 先にペルシャにきた、ボルトルのような人がいてもおかしくないんですね。

 司馬先生もそのあたりをわかっていて、病気で亡くなった第4子とかもモデルにしつつ、こういうキャラクターをつくったのかもしれません。

作品内ではボルトルはフラグの第4子という設定(『ペルシャの幻術師 1』より)

高木 司馬先生がこのお話を書いた当時は、フラグの第4子が出てくる日本語の資料はあまりなかったと思うし、当時のモンゴルのことを書いた19世紀の歴史家ドーソンの『モンゴル帝国史』は、途中までしか和訳されていなくて。

 どんな資料を読んだのかな、洋書や漢籍だったのか、とか、想像してしまいます。

蔵西 司馬遼太郎記念館の何万冊もある蔵書の中には、イランの叙事詩『王書』もありました。

高木 『王書』は当時、和訳は一部分しか出ていないので、やっぱり洋書も読んでいたのかな。

 モンゴルの歴史書『元朝秘史』は読みこんでいたのではないでしょうか。

蔵西 司馬先生、すごい知識量ですよね。ネットなんかない時代なのに、情報収集能力が並外れている。

 

高木 『ペルシャの幻術師』の原作をはじめて読んだとき、これが司馬先生の作品なのか、と驚いて、新鮮に思えました。

 海音寺潮五郎が評価したように、当時ペルシャを描いた小説は、相当目新しく感じられたと思います。

蔵西 どうして司馬先生はこんなにペルシャに興味があったんでしょうか。

高木 「シルクロード」や遊牧民と歴史的に関係が深いからでしょうね。
 ネストリウス派とか、モンゴルにも深い関心を持っていらっしゃいますよね。

 ペルシャに攻めたフラグの遠征軍の話とか、いろいろなことを調べてそこから空想を広げている。

 それにしても今回のお話の依頼が来て原作を熟読して、モンゴルとイラン、この時代と、私がとりくんでいるニッチな分野を、1950年代にここまで描写されたんだな、とびっくりしましたね。