文春オンライン

「大連から貨物船に乗って行ったよ。船の底に乗っていったんです」 密航者と売春で溢れたかつての“横浜・中華街のリアル”

『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』より#1

2022/06/14

genre : ライフ, 歴史, 社会

note

「ビザは?」「船の底に乗っていったんですよ」

 それから、10年以上の年月が過ぎ、福建省で密航者に話を聞く機会に恵まれた。その日、私は纏足の女性がいるという村へタクシーで向かっていた。

 タクシーの運転手は、私が日本人だとわかると、九十九折りのくねくねした道を走りながら、日本へ働きに行ったことがある女性に電話をかけてくれた。

 海辺の小さな町でタクシーが止まると、しばらくしてひとりの女性が現れた。年は50歳ぐらいに見えた。

ADVERTISEMENT

「こんにちは、日本の方ですか?」

 タクシーに乗り込んでくるなり、日本語で話しかけてきた。彼女の名前は劉さん。中国に帰ってきてからは、日本人に会ったことがなかったので、久しぶりに日本語を話したいのだという。彼女が日本に行ったのは、2000年のことだったという。

「劉さんは日本のどこに行っていたんですか?」

「横浜なんですよ」

「何をしていたんですか?」

「いろんな仕事をしたんですよ」

 仕事に関しては、あんまり話したくないのか、これ以上触れたがらなかった。

「中華街の梅蘭の焼きそばが私は大好きだったんですよ。今でも食べたいなって思い出します」

※写真はイメージ ©iStock.com

 まさか、密航したと思っていたわけではないが、念のためどうやって日本に行ったのか尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。

「大連から、貨物船に乗って行ったよ。石を運んでいる船です。横浜の港についたんです」

「ビザはあったんですか?」

「そんなのないよ。船の底に乗っていったんですよ」

 密航したことをあっさりと打ち明けてくれたのだった。横浜の埠頭に密航船が着くという話を聞いたことはあったが、当事者に会えるとは思いもしなかった。

 劉さんは、どこにでもいるような普通の女性だった。そんな女性が、海を渡る際に密航という手段を選ぶ。しかもあっけらかんとしている。中国の図太さに改めて、いい意味で感心した。