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「大連から貨物船に乗って行ったよ。船の底に乗っていったんです」 密航者と売春で溢れたかつての“横浜・中華街のリアル”

『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』より#1

2022/06/14

genre : ライフ, 歴史, 社会

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 しぶとく、したたかな華僑に、なぜ中国南部の出身者が多いのか。山間部が多く耕作地が少ないなどの地理的な要因もあるが、日本でいえば江戸時代末期の1860年代に清朝が、人々の居住地を制限していた遷界令を解除したこともその理由のひとつだったろう。

 それにより、広東省の台山をはじめ、それまで移住が制限され、人々が少なかった沿海部に人々が流れ込んできた。そして、住民の間に耕地不足が深刻化し、軋轢が生じるようになったのだ。

 もともとの住民と新たな移住者とのいざこざを解消するための策として、海外への移住が奨励された。それと時を同じくして、アメリカやカナダでは大陸横断鉄道の建設や、カリフォルニアの金鉱山などで労働者が必要とされたのだった。さらには、19世紀に入り世界は新たな輸送手段である船で結ばれ、多くの移民たちが、それまでとは格段に安全な方法で海を渡ることができるようになったのだった。

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 アメリカでは中国移民の排斥運動が起きたので、移民を希望する者たちは、中米、南米へと流れていったのだった。その移民のなかにコロンビアで出会った華僑の若者の一族がいたのだ。

バンコクで出会った、天安門事件で逃れてきた青年

 コロンビアで華僑の若者と出会ってから5年ほどが経った頃、私は多くの移民を出した福建省や広東省を歩いたことがあった。移民たちの故郷を見たかったことと、かつては中華街にもいた、中国人女性の伝統としてあった纏足の女性が今も暮らしているという情報を得たからだった。

 私は、山東省から夜行バスに乗って福建省に向かったのだが、平野が広がっていた山東省と比べて、小高い山が連なる福建省の景色を眺めた時、この場所から多くの移民が旅立っていったことに合点がいった。

 見渡す限り田畑が広がっていた山東省と比べて、海の背後には山が迫り、田畑は目立たず、華僑の人々が送金して建てた派手な色をした家ばかりが目立った。

 福建省といえば、日本でも有名な地下組織蛇頭の本拠地としても知られている。蛇頭は密航の手配をする組織として、1989年に起きた天安門事件以降、急速に勢力を拡大した。共産党に嫌気が差した人々が集団で蛇頭を頼ったのだ。蛇頭は日本やタイのバンコクなどに拠点を持っているといわれている。

 実際に私もバンコクのチャイナタウンの小さな食堂で、天安門事件で中国から逃れてきたという青年に会ったことがあった。彼は英語を話し、店の奥にあるテーブルにいつも腰掛けていて、私が日本人だとわかると、話しかけてくれたのだった。

 その時私は20代でバックパッカーとしてアジアをふらついている時だったこともあり、その青年とは深く話すこともなかった。今から思えば、貴重な話を聞けたはずだったのだが、若さゆえの無知さがそのチャンスを奪ってしまった。