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連載春日太一の木曜邦画劇場

若いふたりの「許されざる恋」。近松門左衛門が描いた元禄悲劇!――春日太一の木曜邦画劇場

『浪花の恋の物語』

2022/06/28
1959年(105分)/東映/3080円(税込)

 時代劇の大きな魅力といえばチャンバラだが、それ以外に、もう一つある。

 それは「許されざる恋」。現代とは異なり厳然たる身分差のあった江戸時代。身分違いの恋愛が成就するのは、容易いことではなかった。恋愛結婚が今では当然のものであるが、当時の結婚の多くは当事者間ではなく家同士で決められていた。そのため、好き同士であったとしても必ずしも結婚できるわけではない。

 このことは、作劇の上ではとても有用だった。江戸時代だからこその身分差のもたらす「許されざる恋」は、悲劇のドラマとして盛り上がり、観客を魅了してきたのだ。

 こうした悲劇性は、「時代劇ならではの魅力」といえる。ただ、その多くは近松門左衛門の戯曲が原作だ。それらは、元禄文化の時代に書かれたもの――その当時からすると「現代劇」だ。つまり、今の観客は「時代劇」として、当時の観客は「現代劇」として、「許されざる恋」の悲劇は、長きにわたり愛されてきたドラマの設定ということになる。

 今回取り上げる近松原作『浪花の恋の物語』もまた、そうした魅力に満ちた作品だ。

 主人公は大坂の飛脚問屋の婿養子・忠兵衛(中村錦之助)。まず驚かされるのは、錦之助だ。他作品での颯爽としたイメージと全く異なる、線が細くて陰気な芝居を見せているのだ。背を丸め、メイクは青白く、発声は弱々しい。その徹底して繊細な演技は、内気で真面目しか取り柄がないウブな若者の、青い危うさをリアルに表現していた。

 同業者に連れられて初めて行った廓で遊女の梅川(有馬稲子)と出会った忠兵衛は、「我が身を切り売りする反物」と自嘲する梅川の苦しい心情を知り、のめり込んでいく。だが、廓通いを義母に勘付かれ、為替の金の受け取りのために江戸へと発たされる。その間、梅川に身請けの話が持ち上がっていた。梅川もまた忠兵衛に惚れていたが、彼女にはどうにもならなかった。

 やがて忠兵衛は梅川のために仕事の金に手をつけるようになり、二人の恋路は周囲を巻き込んで破滅的結末へ。

 二人を取り巻く脇役陣も充実。東野英治郎、進藤英太郎、浪花千栄子、千秋実といった、名優たちが、世慣れた業突張り感を見せる。その貫禄ある芝居が若い男女の純情さを浮き彫りにし、何もかもままならずに押しつぶされる二人の悲劇性を高めていた。

 原作者の近松自身が二人の行く末を案じる構成も効果的だ。演じる片岡千恵蔵の慈愛と哀切の眼差しが傍観者としてしかいられない無力さを伝える。それと同時に、なぜ今この劇を描くのか――その意義を突きつけていた。

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