文春オンライン

連載大正事件史

2022/07/03

 惨殺された原因はまだ不明だが、聞くところによれば、小笛は淫奔な莫連(すれっからし)女で、下宿屋開業当時、止宿していた大学生と関係を結び、金を巻き上げていたもので、付近の人々も「あの口八丁手八丁の淫奔者が殺されたか」と少しの同情もなく、養女千歳や大槻の幼い娘2人が巻き添えを食ったことには非常に同情している。廣川はこうした女に引っかかり、引きずられるままに今日に及んだが、最近結婚問題が起き、そのことを小笛に話し関係を断とうと持ち出したところ、小笛は最後の手を出して莫大な手切れ金を要求。それを出さねば、どこまでも結婚の邪魔をするとふてくされたので、廣川もついに殺意を生じ、27日夜、寝静まってからまず小笛を絞殺したところ、その騒ぎに千歳をはじめ喜美代、田鶴子が目を覚ましたので、日頃から顔を知られている彼は、他日発覚の危険を恐れて3人とも絞殺したらしい。一説には、親娘と三角関係を結び、痴話げんかのすえ、小笛を殺し、次いで3人の娘を殺したのではなかろうかともいわれている。

過熱報道でスキャンダラスなニュースも(京都日出)

 他紙もほぼ同様で、相当無責任な報道だが、当時はこうしたことがまかり通ったのだろう。廣川は判決文によれば、1899年7月生まれなので、事件当時は満26歳。小笛は、山本禾太郎「小笛事件」によると、1880年8月生まれで当時満45歳。19歳差の「醜関係」だったことが記者の筆を走らせたのだろうが、怖いのは、こうした事件のイメージが読者に植えつけられて、長く尾を引くことだ。

戦後雑誌に再掲された山本禾太郎「小笛事件」(「妖奇-日本唯一の異色探偵雑誌」より)

「忌まわしい異性との関係なんか、絶対にないことは私が保証します」

 京都日出には千歳の受け持ち教諭の談話も載っている。

 私もただただ承って驚いているような始末です。千歳さんは体の弱い子で昨年以来心臓を悪くし、毎日青い顔をしており、従って学校も試験も休みがちなので成績は中ぐらいです。何でも話に聞けば、岡山からもらわれたそうで、平素から境遇の幸福でないことを悲観していたようです。ちょうど2週間前から学校の方は欠席しており、2~3日前、学校気付で私宛てに「病気がまだ治りませんから、もうしばらく休ませていただきます」という手紙をよこしましたのが本人の絶筆だったのです。性質が内気なだけに、余計にかわいそうでなりません。しかし、忌まわしい異性との関係なんか、絶対にないことは私が保証します。

 遺留品に関する短い記事も京都日出にある。小笛の布団の下から廣川の名刺と他の3人の名刺が発見されたとした。この点も廣川の犯行か小笛の偽装工作か、裁判で検察、弁護側の意見が対立する。