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特集観る将棋、読む将棋

2022/07/08

プロや奨励会員から席料を取らないポリシーの理由

 奨励会員がサロンに集まったのは居心地のよい空間なのに加えて、新井さんがプロと奨励会員から席料(道場の入場料)を取らないからだ。トップ棋士は新井さんの信念に感謝し、お礼に道場に通う奨励会員に将棋を教えている。

 なぜ経営が楽ではなくても、新井さんはポリシーを貫いてきたのか。その理由を尋ねると、淡々と語った。

「最初から儲からない商売だと知っていますよ。でも真面目にみんなの成長を見守るのは聖職ですからね。

 昼間から開けて研究の場を与えれば、みんながやってきて切磋琢磨の場所になります。『この景気の悪いときに、プロや奨励会員からお金を取らないの?』といわれますよ。でも、奨励会員だってカツカツでやっているんだからねぇ、足が遠のいちゃうでしょ。それにメリットだってあるんですよ。プロがいる道場はイメージがいいし、奨励会員は棋力に差があってもアマチュアの相手をしてくれますから。

 いまはみんなから若さをもらっています。赤字でも、続けられる限りはやろうと思っています」

 

大学に行き、自分が恵まれていることに気づく

――同級生の佐々木勇気七段は、高校1年生でプロになりました。焦りを感じましたか。

渡辺 ショックは受けなかったです。自分はほかの人とあまり比較しない性格ですし、そもそも彼は雲の上の存在なので。ただ、距離感が難しいと感じたことはあります。棋士になったからといって、学校で「佐々木先生」と呼ぶのも変じゃないですか。ただ幸いにしてクラスが一緒になったことはなく、昼休みのバスケを大勢でやるぐらいの関係でしたね。

――一般受験で大正大学文学部歴史学科に入学し、すぐに三段に昇段されます。

渡辺 好調だった時期と受験のピークがちょうど被っていたので、三段になったのは不思議でした。大学に行きたかったのは、新たな人の縁ができるからです。実際、大学生活は楽しかったですよ。サークルはすぐに辞めてしまったんですが、気の合う友達ができました。いまもたまに遊んでいて、将棋の話をせずにライトな感じで付き合えます。

 あとはいろんな人がいて、視野が広がりました。例えば地方から出てきたり、奨学金を借りている事情があると、「昼は数百円ですませないといけない」「バイトをやらないと生活できない」と切り詰めている人がいたんですよね。自分は実家住まいでしたし、対局の記録係は大学生のバイトに比べるとお金をもらえるほうです。それが恵まれているとは、大学にいかないと気づきませんでした。就職活動も大変そうでしたね。

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