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2022/08/16

source : 文春文庫

genre : ライフ, 読書,

「ここで何をしてるの」と問われ…

 その男性は、車の方へゆっくりと近付いて来ます。運転席の窓の横まで来たので、僕は少し窓を開け、こちらから声を掛けました。

「すみません。ご迷惑でしたか」

 男性は、眉間に皺を作りながら、口を尖らせます。

「こんな時間に、こんな所に車を停めてもらったら困るなあ。人や他の車も通ったりするから困るなあ」

 反論の余地などありません。注意をされたわけですが、僕は久しぶりに人と話が出来たような感覚で、むしろ嬉しく感じました。

写真はイメージです ©iStock.com

「すみません。それでは下の駐車場まで車を下げます」

「ここで何をしてるの」

「友人が山に入ってまして……」

「こんな時間に入ると駄目なのに」

「すみません。恐らく、あと10分くらいで戻ってくると思います」

「そう。それなら、10分くらいしたらまた上がってきなさい。それまで下の駐車場に停めておいてよ」

 男性は車から離れていきました。

登山客の「不可解な質問」

 僕はバックでゆっくりと駐車場まで戻り、10分ほどしてから再び登山口まで戻りました。友人達はまだ戻ってきていません。

 遅いなあ、何かあったのかなあ……。心配しながら待っていると、再び男性が近付いて来ます。運転席の窓を開けて、声を掛けようとしたその時、はっとしました。さきほどの人とは別人だったのです。

 こんな深夜、こんな山奥に、一体何人いるんだ?

 目の前の男性は、さきほどの人よりは若そうで、緑色のリュックを背負ったいかにも登山者といった身なり。登山で有名な山らしいし、ひょっとしたら登山客でごった返しているのかもしれないな。

 自分なりに納得して、一応、この人にも車を停めている理由を説明しようと思った矢先、男性の方から声を掛けられました。