〈動かしたり開けたりはしないように〉
Kくんの視線の先、3階から4階に上がるエスカレーターの脇の柱に、黄ばんだセロテープで乱暴にそれは貼られていた。
〈エスカレーターに 黒いボストンバッグが置いてありましたら 触らずに 店員にお知らせください バッグは黒く 持ち手が長いタイプで 使用感があります 動かしたり開けたりはしないように お願いいたします だいたい、以下のような形をしております〉
文章の下には、簡素な手書きのイラストで、黒いボストンバッグの絵が描かれており、その下に警備室への電話番号と一文が記されていた。
〈周囲に店員がいない場合は 携帯電話などでこちらの番号におかけください〉
3人は、ゴンゴンゴンゴン……と鳴り続けるエスカレーターの横で、貼り紙を見つめ続けていた。
噂されていた貼り紙は、確かに3人の目の前に存在していた。
心のどこかで半信半疑に思っていたからこそ、こんな冒険じみた旅に赴いていたのかもしれない。事実を目の前にすると、先ほどまでの浮かれた気分が嘘のように感じられた。
「こんなに詳しく書いてあるんだな……」
「これ、要するに、“触るな、動かすな、開けるな”ってことだろ」
「どう考えてもおかしいよ、これ」
「噂、本当だったじゃん。これみんなに伝えたらビビるだろうね」
そうだ、噂は本当だった。それを確かめられただけでもかなりの収穫だ。そう思った途端、にわかに興奮が蘇ってきた。
Tくんは辺りを見回した。
「警備員いないよな?」
「なんで?」
「ちょっと探してみない? 黒いボストンバッグ」
(後編に続く、文=TND幽介〈A4studio〉)