2010年4月には、一定の基準を満たした施設で腹腔鏡下肝切除術が保険適用となり、この手術が急速に普及していった。しかし、それが大きな問題を孕むことになった。ある肝胆膵外科医が証言する。
「腹腔鏡下手術が保険適用になったとたん、この手術に関する発表が学会で急増しました。なかには『こんなすごい手術ができるのは自分だけ』と、あたかも自慢するような内容の発表もありました。しかし、保険で決められた範囲を超える手術が多く、手術の適応や安全性に疑問を感じることが多々ありました」
肝胆膵外科の専門医の間では、「いつか重大な事態が起こるのではないか」とささやかれていたという。
その懸念が現実となる悪夢のような出来事が2014年に起こった。群馬大学医学部附属病院で、肝臓や膵臓の手術を受けた患者8人が相次いで死亡していたのだ。さらに、千葉県がんセンターでも、同様の手術を受けた患者11人が亡くなっていたことが発覚した。
保険適用となった腹腔鏡下肝切除術は安全性を考慮し、肝がんの部分切除(肝外側区域切除を含む)に限って認められていた。しかし、群馬大と千葉県がんセンターは、保険適用外の難度の高い手術を腹腔鏡で実施していた。それが、死亡事故の要因の一つになったと事故調査報告書などで指摘されている。
難度の高い手術になると肝臓を大きく切除したり、膵臓、胆管、血管などをつなげ直したりする必要が出てくる。前述したとおり、腹腔鏡では器具の動きが制限されるため、肝胆膵外科の名手とされる医師でさえ難度の高い手術は無理をせず開腹で行うことが多い。
にもかかわらず、群馬大、千葉県がんセンターでは、こうした手術に腹腔鏡で挑んでいた。事故が起こったのも不思議でないと言えるだろう。
これらの事故を受けて、日本肝胆膵外科学会が手術実績の多い全国約200施設を対象にアンケート調査を実施し、その結果を15年3月に公表した。それによると、腹腔鏡下肝切除術の死亡率は全体では0.49%だった。しかし、保険適用外の手術に限ると1.45%と、保険適用の手術の0.27%に比べ、5.4倍も死亡率が高かった。
また、保険適用外の手術を実施するには、臨床試験として施設の倫理委員会に届け出て、承認を受ける必要がある。しかし、保険適用外の手術を実施していた施設の半数以上(55%)が承認を受けていなかったことも明らかになった。
腹腔鏡下肝切除術は傷が小さく回復が早いというメリットがある。また、開腹手術に比べてとりわけ安全性に劣るわけではない。しかし、簡単にルールを破るような慎重さを欠く執刀医にかかってしまうと、危ない目に遭わないとも限らないのだ。
したがって、腹腔鏡で肝がんや膵がん、胆道がんの手術を受ける場合には、執刀医の経験数をたずねると同時に、保険適用の範囲内の手術かどうか、保険適用外の手術の場合は倫理委員会の承認を受けているかを、しっかり確認しておくべきだろう。