「これから起きるすべての医療事故が、ミトコンドリア異常症にこじつけられてしまう可能性もあるのではないかと危機感を抱きました。それ以上に、なぜ莉奈が亡くなったのかをはっきりさせたかったですし、明らかに容態が悪かった莉奈を放置し続けた病院の体質を問いたいという思いで、提訴に踏み切りました」

 こう語るのは、2010年9月に済生会横浜市東部病院で長女の莉奈ちゃんを失った中島邦彰さん・朋美さん(ともに仮名)夫妻だ。莉奈ちゃんは亡くなる直前に、この病院で肝臓の組織を採取する「肝生検」という検査を受けていた。

 警察による司法解剖で判明した死因は「肝生検に起因する出血死」。しかし病院や検査を担当した医師は、莉奈ちゃんの死因は世界でも極めて稀な疾患である「ミトコンドリアDNA枯渇症候群」だと主張。肝生検時の過失によるものではないとして、医療過誤を認めなかった。

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 中島さん夫妻が病院側を相手取って起こした民事裁判は、今年3月に両親側の勝訴に近い和解という形で幕を閉じた。しかしその道のりは、決して平坦なものではなかった。(全2回中の前編を読む)

※インタビューでは中島さん夫妻は病院名を明かしていないが、裁判に関する報道や文春オンラインによる調査等によって済生会横浜市東部病院であることが明らかとなっているため、本記事では病院名を掲載することとした。

夫の邦彰さん(仮名)とともにインタビューを受ける朋美さん(仮名)

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医療過誤の裁判では、患者側の立証のハードルが高い

 莉奈ちゃんが亡くなった翌年の2011年、中島さん夫妻はカルテなどの資料を集めつつ、弁護士への相談を始めた。そこで夫妻は、医療という専門性の高い分野ならではの壁に突き当たる。

「最初に伺った弁護士さんには『実際に肝臓をスライスしてみないとわからない』と、肝臓が残っていない以上どうしようもないという言い方をされました。次に相談した先は親身になって話を聞いてくれたのですが、協力を頼んだ医師があの病院と関係のある方で……医療の世界は狭いんだなと思いました」(朋美さん)

 医療過誤の裁判では、患者側の立証のハードルが高く設定されてしまうことが多い。莉奈ちゃんのケースでは、出血死であることを証明するだけではなく、ミトコンドリアDNA枯渇症候群が死因だったという病院側の主張も崩す必要があった。難病にまつわる訴訟を扱うことを避けようとする弁護士も多く、最終的に中島さん夫妻が現在の代理人弁護士へとたどり着いたのは2013年のことだった。