『夜がうたた寝してる間に』(君嶋彼方 著)KADOKAWA

「2作目となると“世に出るものだ”という意識が出てきて、その点のプレッシャーは強くありました」

 昨年、小説 野性時代 新人賞を受賞してデビューした君嶋彼方さん。受賞作『君の顔では泣けない』では、15歳の時に身体が入れ替わり一度も元に戻ることのなかった同級生の男女の30歳になるまでの人生を丹念に描いた。選考委員の辻村深月さんが「描写の奥に私たちが普段少しずつ感じている『自分という存在』への違和感や生きにくさに通じる感覚がある」と推して注目を集めた。

 このたび、2作目となる『夜がうたた寝してる間に』を上梓した。

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「1作目は自分の好きなように書いた作品でした。男女が入れ替わるという設定はよくありますが、そこから少し外すように、15年間そのままだったら……と。今作も似た流れで、特殊能力モノと言ったらその力を使って戦ったり問題解決する作品が多いかと思いますが、そうじゃない物語にしようと決めていました」

 今作の舞台は、およそ1万人に1人が特殊能力を持って生まれてくる世界。日常の中に特殊能力があって「特殊能力所持者」という存在が世間一般にも浸透し、社会的にも受け入れられる体制ができている。

「当初は能力も変わったものにしようかと思ったのですが、いわゆる定番の能力の方が読む人もイメージしやすいだろうし、日常への落としこみ方という自分なりの味も出せると考えました。能力そのものでなく、能力を持つがゆえに悩んだり苦しんだりする葛藤を書きたかった。それにどんな力を持っていたとしても、抱える苦悩はきっとそれほど変わらないはずですから」

君嶋彼方さん 写真/中林 香

 主人公は、高校2年の冴木旭。「時間を停止させることができる」能力者だが、普通の高校生活を送ろうと必死に笑顔を作る日々を過ごしている。同級生には他にも「人の心の中を読むことができる」篠宮灯里、「瞬間移動できる」我妻蒼馬といった能力者がいる。

「旭はできるなら能力などなかったことにしたいし、周囲に溶けこもうと頑張っている。スクールカーストでも上の方にいるという設定ですが、自分が学生時代はそこにいなかったというのもあり、いちばん考えながら書きましたね。他の2人はタイプが違います。灯里は他人に頼まれるがまま能力を使ってみんなに馴染もうとして、蒼馬は孤立していてもいいと厭世的。立場や能力との向き合い方が三者三様というのは意識していました」

 11月のある晩、3人の通う学校で大量の机が教室の窓から投げ捨てられる事件が発生し、能力者へ疑いの目が向けられてしまう。旭は真犯人を見つけて疑いを晴らそうとするが――。

「軸にあったのは、人間関係や自身との向き合い方が旭の中で事件を通じてどう変わっていくのかということ。ミステリのつもりで書いていなかったので、犯人は分かる人が読んだらすぐ分かると思います(笑)」

 高校生の物語は「30歳を超えた今だからこそ楽しんで書けた」と語る。

「小説は大学生の時も書いていたのですが、当時は高校生の話はほとんど書かなかった。自分がぜんぜん想像しえないような立場の方が、書いていて楽しいんです。社会人になってしばらく小説から離れた後、今また書きはじめて、ようやく高校生の話を楽しんで書けるようになりました。特殊能力も同じで、能力者本人の気持ちや周りの人の反応を想像しながら書くのが楽しくて。今作は、それを突き詰めていった作品でもあります」

きみじまかなた/1989年生まれ。東京都出身。2021年、「水平線は回転する」で小説 野性時代 新人賞を受賞。同作を改題した『君の顔では泣けない』でデビュー。