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 同じ日付の報知の記事には、五味と田中が山田を殺した後、山田方に2人の殺害に向かう前に、浅草田原町の料理屋で酒2~3升(3.6~5.4リットル)をあおったとある。驚いた神経だが、罪悪感や恐怖心をマヒさせる意味もあったのか。 

 関連ニュースが連日紙面をにぎわす中、8月29日付読売朝刊には犯人推理の懸賞募集の結果が載っている。1744通の応募があったが、容疑者逮捕の段階で募集を打ち切り、「犯行は物取り目的」「犯人は2人」「主犯は知人」などの点から9人を入賞と決定。うち3人をほぼ「的中者」としている。

 当時の新聞は記者の思い込みが強かったせいか、ニュアンスが全く異なる場合が多い。収監された2人について同じ8月29日付朝刊で、報知は「同夜の2人は、鉄窓の中で転々、悶々、犯した罪と罰の前に一眠もできぬ様子であった」と記述。一方、國民は「2人は取り調べに対して大して悪びれる様子もなく、凶行を自白し、刑事部屋でもタバコなどをのんでいた」と書いた。

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誤認起訴の責任も浮上

「女優歌子一家三人殺しは 意外、五味田中が眞犯人 適確なる證據が三つも擧つて 警視廰喜び且(か)つ驚愕す」。3カ月余りたった1928年12月5日発行6日付報知夕刊は社会面トップで見出しを立てた。大岡山3人殺しの経緯を述べ、こう続けた。

 意外にも真犯人と目されていた田宮頼太郎は全然大岡山事件に関係なく、3人殺しの真犯人こそ、千住行李詰め事件の犯人として目下市ヶ谷刑務所に収容中の五味銕雄、田中藤太両人であるという驚くべき事実が暴露された。さる9月11日、千住事件の取り調べも終わったので、いよいよあす両人の身柄を検事局に送ることになり、中村捜査課長、出口捜査係長は五味を署長室に引き出して最後の余罪調べを行った。その夜、五味は大岡山3人殺しの一切を自白したのである。

 これは報知の特ダネだったようだ。別項で「獄中に病死を遂ぐ 死人に口なき田宮頼太郎」の見出しで田宮の逮捕から獄死に至る経緯を説明した。

女優一家殺しも2人の犯行とした報知の特ダネ記事

 同紙は12月6日発行7日付夕刊に「検事局聲(声)明書を發して 公正な態度を釋(釈)明する 大岡山事件の誤認起訴に關(関)して 前例もあり三警官引責か」という記事を載せた。田宮に対する誤認起訴について、当時の日暮里署幹部の責任問題が起きてきた、として署長、司法主任、担当刑事の名前を挙げ、「当然その責任は免れ難い」と指摘した。3人の写真も載せている。

 同じ紙面には、そのうちの当時の五味田署長の「世間では田宮を拷問して自白させたように伝えているが、決して不法なことをしたのではない」「いまでも田宮が真犯人であるとは固く信じている」という談話も載っている。

 森長英三郎「史談裁判第三集」によれば、東京地裁の担当検事は大岡山の事件を五味と田中の犯行と認めることに難色を示し、予審判事は千住の事件のみ公判に付した。

 結局、中山歌子の家から奪われた指輪と時計が2人の家で見つかるなどしたため、1929年9月になって大岡山の事件も追起訴したが、弁護士から詰問された担当検事は「田宮も事件に関係しているに違いない」と答えた。

 弁護士は「一度思い詰めたら、別の真犯人が出てきても、なお変えない根性を見て恐れをなした」と著者に語ったという。