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連載大正事件史

「多くの人を殺した責任は感じません。私は人を殺すために生まれてきた」大量殺人事件“真犯人”の応答と100年残った謎

「多くの人を殺した責任は感じません。私は人を殺すために生まれてきた」大量殺人事件“真犯人”の応答と100年残った謎

女優一家3人殺し #2

2022/10/02
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 現在の東京都目黒区で起こった1925年の女優一家3人殺し事件。容疑者として起訴されたのは田宮頼太郎という男だったが、自白以外に確たる証拠もないまま、彼は病で獄死してしまう。

 いよいよ捜査が行き詰まったかに思われたが、一人の自動車運転手・五味銕雄が浮かび上がってきた。

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「怪事件の犯人遂に逮捕さる」

 その後、「運転手五味の 疑惑益々深まる」(8月27日発行28日付東日夕刊見出し)と捜査は進み、8月28日、ついに――。

 怪事件の犯人遂に逮捕さる 果然五味運転手が 同僚田中と共謀の犯行

 惨殺された五十男と16の少年の死体を取り違えて検視埋葬までさせたのみならず、犯人捜査についても何らの手がかりも得られず、あるいはこのまま迷宮に入るやとも疑われた府下千住町中組の醬油屋・山田角三郎(50)、同妻まつ(43)、同雇人・渡邊嘉一郎(16)の3人殺し怪死体事件は、事件突発後8日目の28日黎明に至って、別項掲記のごとく、本社記者の手から当局に提供した被害者山田の絶筆たる間宮新逸氏宛てはがきがきっかけとなって検挙となった。捜査本部のある千住署に留置して取り調べ中だった府下杉並町馬橋14、自動車運転手・五味銕雄(37)がついに包み切れず、同人及び同人の親友で府下本田町303、自動車運転手・田中藤太(40)が協力。鬼畜も及ばぬこの惨行をあえてした旨自白した。刑事の一隊は直ちに田中方の寝込みを襲い、逮捕。午前4時以来、両人を突き合わせてさらに厳重な取り調べを続けている。

千住事件の犯行自供を報じる東京朝日

 8月28日発行29日付東日夕刊は1面トップでこう報じた。「はがき」とは、別項記事によれば、山田が事件当日に書いたはがきが、山田所有の貸家に住む自動車運転手に届いており、彼の口から五味の名前が浮上したという。

 同紙の別の記事では、犯行に至る経緯が書かれているが、その大筋は――。五味は以前、山田の借家に住み、かなり家賃をためていた。実父が死んだ際も葬式の費用100円(現在の約16万円)を借りたこともあった。

 山田からは金を返すよう催促されていたが、五味は最近失職して金に困っており、同じく失職していた田中を誘って山田から金を奪うことを計画。「金を返す」とうそをついて8月19日午後、山田を田中の家に呼び、田中の妻子を外出させている間に、五味が山田の首を締め、田中は山田の口をふさいで手助けした。

 その後、2人で山田方へ行き、まつと嘉一郎を次々絞殺。21日深夜、行李に詰めた山田の遺体を借りた船で運び、川に投げ込んだという。同じ日付の東朝も1面トップで、東日ともども五味、田中の顔写真と現場となった田中の自宅の写真を掲載している。

酒を飲み、うなぎを食べながらの自白

2人の護送と捜査本部の打ち上げを伝える読売。捜査員はトンカツと枝豆とうな丼で乾杯したという

 五味は大酒飲みで、同じ日付の國民は「課長を呼べと 観念した五味 酒を呑みつゝ(飲みつつ)自白」の見出し。「中村(警視庁捜査)課長は、本部で五味を前にして、同人が酒好きなところから、特に白鷹1升(1.8リットル)を買わせ、うなぎを食べさせながら徹宵(夜通し)取り調べを続けて自白を聴いたものである」と書いた。これもいまなら考えられない取り調べだ。