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 受験したのは、2008年8月の関東の奨励会試験。13人の合格者のうち、当時小5だった増田康宏六段と中1だった佐々木大地七段が現在プロになっている。首都圏在住の研修会員なら「今年は誰が受験して誰が強い」という情報を知っている。一方の小山さんは「増田先生も佐々木先生も知りませんでした。そういうことに疎くて。私は1次試験で2勝3敗で不合格。相当悔しかったですね」。

 試験に落ちてやる気がなくなったり、将棋をやめてしまう少年は少なくない。しかし小山さんは「やめようとかまったく考えませんでした。将棋が楽しいことに変わりはないから」。

「何度決勝で中川さんにボロ負けしたか…」

 県の中心部から離れた地方には、高校の選択肢が少ない。猛勉強する必要もなく将棋大会があればそちらを優先しながら、小山さんは地元の進学校県立釜石高校に進学した。

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 岩手県は高校将棋の盛んな地域でレベルも高い。その中心になるのが盛岡市にある私立男子校、岩手高校。県内はもちろん、寮があるため近県からも将棋の強い生徒が集まり、全国大会で何度も優勝している。小中学校で何度も岩手県代表になった小山さんにも岩手高校からのお誘いはあった。

「盛岡へは片道3時間ですから寮に入らないといけません。両親とも相談したのですが、釜石高校を選びました」

 1学年上には、青森県から岩手高校に進学した中川慧梧さん(後に高校生のタイトルを総ナメする四冠を達成。卒業後もトップアマとして活躍)がいた。

「一般大会でも高校生の大会でも、何度決勝で中川さんにボロ負けしたか分かりません。高校時代の対中川さんの戦績は3勝15敗くらい。ライバルではなくて、追いつきたい目標でした」

 

 高1の秋、小山さんは珍しく中川さんに勝って全国大会の切符を手にした。朝日アマ名人戦岩手県大会と北東北ブロック大会を勝ち抜いたのだ。そして、朝日アマ全国大会ベスト8に入り、初めてのプロ公式戦参加資格を獲得する。その朝日杯将棋オープン戦の1次予選プロアマ戦が行われたのは、小山さんが高2になった7月。相手の菅井竜也四段(当時)は18歳で、結果は負けだった。

「菅井先生の棋譜をいくつも並べて対策を立てました。私はアマ大会で逆転勝ちが多いタイプ。当たり前ですが、プロ相手ではちょっとリードされたらまず勝てない。読みの力とか基本的な力が全然違うと実感し、自分ももっと頑張りたいと思いました」

写真=佐藤亘/文藝春秋

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