――タイトル戦の14譜って多いんじゃないですか。この棋譜を選ぶのも大変では?
藤井 いや、書きたいことが多いと、そうでもないですよ。
勝又 譜が多いほうが楽なこともけっこうありますね。
藤井 書きたいことが連続してあると、3手だけで切り取ることもありますし。
勝又 私も受賞したときは、一手だけというのもやりました。埋めるのはそれほど大変ではなく、切らなきゃいけないほうが難しいことも多いですよね。
この勝又七段が書いた一手だけの観戦記というのは《第83期棋聖戦五番勝負第3局 羽生善治―中村太地 (産経新聞)》の第11譜にある。「神が舞い降りた」と題されたその原稿の印象深い一節をご覧いただきたい。
《前略、羽生善治様 どうしてこのような手が指せたのですか?(中略)旧暦10月には日本中の神々が出雲に集まるそうです。もしかして出雲ではなく江津市に、あなたの体の中に、将棋の神が舞い降りたのではないですか。中村さんを見てください。あなたの▲3六飛を見て、顔面は蒼白で目だけ真っ赤になりました。どれだけダメージを与えたかわかるでしょう。ほら、あなたの顔を二度、三度と見ていますよ。自分が戦っている相手が本当に人間なのかどうか確認するかのように…。》
楽しいのは感想戦まで
――流れとしては、譜を割って、原稿を全部書いて、まとめて送ると?
藤井 そうです。
勝又 昔は、「頭出し」とか言って、締切が迫ると一譜だけとか送っていたなんて話も聞きますが、今はそんな観戦記者はいませんね(笑)。
――辛いということで共感されていましたが、何が辛いんですか?
藤井 え、全部……。
勝又 同じく。
――書くのがしんどいんですか?
勝又 見ているのは楽しいですよ。さっき勉強になるって言ってましたけど、記録係とちがって自由に立てるし取材は楽しい。
藤井 楽しいのは感想戦までです。
――でも、帰ってから……。
勝又 これから、まとめか……と頭を悩ませて。
藤井 そうですねぇ。
「私が得意と言えそうなのは歴史なんです」
――原稿はとくにどこが難しいですか。導入と締めをしっかり練らないといけなさそうで、そこが難しそうですが。
藤井 うーん、そうですね。やばいです……。
勝又 私の場合、文系のものがだめで。原稿を書くといったとき、おふくろがたまげていたくらいですから。ただ、推理小説は好きで読んでいたから、できるだけ考えさせたいという局面で終わらせようとしています。
――藤井さんはどうですか?
藤井 勝又先生は、今、推理小説がお好きと言っておられましたが、私が得意と言えそうなのは歴史なんです。大学時代も日本史研究学域に所属していて、昔は家にあった『万葉集』の現代語訳を読んだりして過ごしていました。あと戦争時代を生きてきた祖母がとても博識で、いろんな話を教えてくれました。観戦記に使わせてもらった「あじさいの花言葉」も祖母が教えてくれたんですよ。