昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「『森岡さん、全然ダメじゃん』という声が聞こえても…」森岡隆三(47)が振り返る「挫折感満載のサッカー人生」と“気取っていた20代”

森岡隆三インタビュー#2

2022/11/19

 2002年ワールドカップ日韓大会では、日本代表キャプテンとして挑んだものの初戦のベルギー戦で負傷し、途中交代。復帰することなく大会を終えた。20年前、悔しさを味わったあの大会、そして15年に及んだ現役生活を今、振り返る。(全3回の2回目/#1#3を読む)

◆◆◆

「丸刈りにしたり、金髪にしたりと、リフレッシュしようとしました(笑)」

――02年のワールドカップイヤーのシーズン前に負傷した森岡さんは5月上旬に試合復帰。5月17日のメンバー発表に“間に合った”という印象があります

森岡 1999年に日本代表入りをして以降、コパアメリカ(南米選手権)やアジアカップ、シドニーオリンピックと世界と対峙することで、自分が目指すもの「視座」が高くなっていき、同時に成長実感を得る日々を送っていました。ワールドカップ後には海外でプレーしたいという想いも芽生え、2002年は元旦に天皇杯決勝を戦うと、翌日イギリスへ飛び、トッテナム・ホットスパーFCの練習に参加しました。

 体調を崩して、予定通りの練習はできなかったのですが、それでもワールドカップイヤーということで、気持ちの高ぶりはありました。しかし、2月1日に肉離れを発症してしまって……。1カ月後に復帰したのですが、再び肉離れを起こしてしまったんです。

 

――その時点でワールドカップまで残り3カ月。自国開催ということもあり、世間の注目も高いし、焦りもあったんじゃないですか?

森岡 そうですね。焦りは禁物とわかっていても一日も早く復帰したいと考えてしまう。でも、それで再発したわけだから、三度目はないぞと誓いながらもモヤモヤみたいなものはあるんですよ。丸刈りにしたり、金髪にしたりと、髪型を変えて、リフレッシュしようとしました(笑)。

――無事メンバーに選出され、壮行試合に先発出場。

森岡 5月25日のスウェーデン戦ですね。代表戦は半年以上ぶりでした。試合前はやれるのかという不安もありましたが、試合後は手応えも感じていた。国立競技場から代表宿舎へ戻るバスの中から、青くライトアップされた東京タワーを目にしながら、子どものころから夢に見たワールドカップに間に合ったと安堵できたことを覚えています。

――けれど、結果的には負傷を抱えながら、チームに帯同したワールドカップとなりました。