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 現在、白紙運動の先頭に立っている20代の若者たちは、胡錦濤時代の現実的な大衆運動を知らない世代だ。そして理念先行型で、リアルな生活に対する問題意識は相対的に弱い。もちろん彼らの99%は、今回はじめて政治運動に参加したというビギナーである。

「陳勝・呉広の乱」とトマトスープ抗議

 それゆえに、彼らは孵化した直後のヒヨコみたいな雰囲気を漂わせているのだが、中国の大衆運動の寝技的な伝統芸を知らないがゆえに、初手から「習近平退陣」「共産党退陣」といった激烈なカードを平気で切ってくる。また、外国語ができてネットで海外とつながっているので、西側の言論空間においてすら尖った部分に位置する言説さえ、ごく普通に取り込んでしまう。

11月30日の集会で登場した手書きのプラカード「父権が死なねば専制は終わらない」。香港や台湾で使う繁体字で書かれているが、中国人が日本向けに繁体字を使う場合もあるため、製作者の素性は不明だ。筆者撮影。

 私が見る限り、白紙運動はふたつの性質が複合している。つまり、生活上の不満を理由とする中国の伝統的な民衆反乱としての側面と、2020年代の世界で進行しつつある、先鋭的で理想主義的な若者たちによるカウンターカルチャーとしての側面だ(前者は主に中国国内の一般層の抗議参加者、後者は国内外の「ガチ勢」の若者たちによって代表される)。

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 いわば白紙運動は、紀元前209年に秦帝国の無茶なノルマに耐えかねた庶民が蜂起した「陳勝・呉広の乱」から変わらない中国的要素と、欧州のグレタ・トゥーンベリさんの活動や芸術作品にトマトスープを投げつける抗議などとも通じるリベラルZ世代の政治運動の要素が入り混じった、現代中国ならではのハイブリッド反乱である。そういう解釈が、最もしっくりくるように思うのだ。

11月30日の新宿南口の集会主催グループが用意していたポストカード。若者の政治運動はオシャレ感が必要なのだ。©Soichiro Koriyama

 中国国内の動きが早期に収束したことで、白紙運動の今後の広がりは期待しにくい。海外で運動をおこなった人たちも、大多数はあと数週間~数ヶ月で日常に戻っていくはずだ。

 とはいえ、習近平政権の社会が意外なほど不安定であったことや、現体制下でも集団で抗議して政策を変える手段がまだ有効であると知れ渡ったこと、なにより「心に火がつく」経験をした中国人の若者がこれだけ多く生まれてしまったことは、中長期的に中国に大きな影響をおよぼすはずだ。

 2022年の年の瀬に起きた大騒ぎは、これから続くとても長い物語の序章かもしれない。