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世界中にファンがいる「ゴッドファーザー」の死…亡き盟友のアトリエに1時間佇み、詩人が感じた“めまい”のワケは

井上春生(映画監督)――クローズアップ

 さまざまな国際映画祭で38冠、30もの賞を受賞。日本での公開を前に、井上春生監督の新作『眩暈 VERTIGO』が異例の注目を浴びている。本作は、現代詩人の吉増剛造氏が、盟友で2019年1月に96歳で死去したジョナス・メカス氏の面影を求めて、ニューヨークを訪れる旅を追ったドキュメンタリー映画だ。メカス氏は、“アメリカ前衛芸術映画のゴッドファーザー”と称される、実験映画界の巨人である。

「私がこの世界に入ったのも、学生のとき、メカス自身の帰郷を綴ったドキュメンタリー『リトアニアへの旅の追憶』(72)を観て、強く惹きつけられたからでした。ハリウッドとは真逆のところに身を置いた人だったので、知る人ぞ知る存在でしたが、この映画が完成したら上映したいと声をかけてくれる人たちが、世界中にたくさんいた。実際に数多くの賞をいただいて、改めて彼の偉大さ、ファンの多さを実感して、驚きつつも嬉しく、また光栄に思っています」

井上春生監督/撮影:須藤秀之

 井上監督自身も生前のメカス氏と交流があり、彼の17歳下の吉増氏との関係もよく知っていた。

「吉増さんは、脆さと儚さと柔らかさ、そして強さとひたむきさを内在している人です。それは同時に、メカスの世界でもあった。ですから、あの2人の出会いは非常に運命的で、まさに盟友同士でした」

「眩暈」というタイトルは、吉増氏が、メカス氏が最期の時を過ごしたブルックリンのアトリエを訪ねた際の出来事から取った。吉増氏はメカス氏のお気に入りだった一角に、1時間ほども佇んだ後、急に様子が変わって撮影を中断。半日後、旅の目的の一つでもあったメカス氏への追悼詩を一気に書き上げた。本作は、そんな詩が生まれる瞬間を捉えた貴重な映画でもある。

「眩暈がした、と吉増さんはおっしゃいました。それは、たぶん、詩人の感性が、何かと響き合ったということでしょう。吉増さんとは、前作の『幻を見るひと』でもご一緒しているので、今がそういう時間だとは、すぐにわかりました」

 さらに、映画には、メカス氏が若い頃に書いた日記の文章も繰り返し登場する。

「ナチスに追われ、難民としてアメリカにやってきたばかりの彼の、頼りなく不安な心情が、当時の街の様子とともに事細かに綴られています。その内容は、まるで古びておらず、現代にも通ずる、いや、今の私たちこそ享受すべきものなのではないか、と感じられて仕方ありませんでした」

 東京都写真美術館ホールでの上映を皮切りにゆっくりと日本各地、世界を回る予定だ。

「大ヒットするタイプの作品ではありませんが、この映画を愛してくれる人たちに、時間をかけて届けたいと思っています」

 主題曲を手掛けた佐野元春氏は、「素晴らしいアートフィルムができたね」と興奮して話したという。

 最終目標は、MOMA(ニューヨーク近代美術館)に収蔵されること。メカス氏、吉増氏、井上監督。芸術家たちが“共振”した、まさに近代アートのような作品だ。

いのうえはるお/1963年奈良県生まれ。東映京都撮影所で深作欣二、降旗康男に師事。映画、テレビ、CM、音楽ビデオなど、ジャンルを横断して活躍。映画の監督作品に、『チェリーパイ』(2006)、『音符と昆布』(08)、『遠くの空』(10)など。前作『幻を見るひと』(18)では国際映画祭10冠を達成。

INFORMATION

映画『眩暈 VERTIGO』
12月13日公開
https://www.vertigo-web.com/

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