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小学校教諭を射殺、警官を短刀で刺し殺し…「凶悪で冷酷なピストル強盗」と犯罪史上に残る“劇場型犯罪”

小学校教諭を射殺、警官を短刀で刺し殺し…「凶悪で冷酷なピストル強盗」と犯罪史上に残る“劇場型犯罪”

「ピス健」事件#1

2022/12/18
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 ピストルを撃った人物の特徴が前半の記述とずれているが、「捜査と防犯」に載っている第1回公判の裁判長とのやりとりによれば、犯行前、変装のつもりで自分の着物と共犯者の着物を取り換えたらしい。

「大阪府警察史第2巻」によれば、共犯の男は本籍・神戸市葺合区で住所不定、無職の18歳(満年齢では17歳)だった。大毎は、彼の供述として「主犯は住所不定で姓名も分からない者であると称し、あるいは奈良県生まれの本田順一(29)なりとも称している」と書いている。

 在京紙も同じ日付で「ピストル強盗 大阪にも現る」(報知)などと報じたが、載せなかった新聞も多く、連続犯罪という認識は薄かったようだ。中で東朝(大朝とは別記事)が、遺留品の靴の底に「東京」の印が入っていたことから「品川で教員を射殺した曲者と同一人ではないかとみられている」としたのが目立った。

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 警視庁が警部を大阪に派遣したことなどから、15日付朝刊になると報知が「大阪と品川の凶賊は同じか別か」と見出しを立てるなど、広域犯罪の見方も出てきた。大阪でも大毎が16日付朝刊で「東京のピストル強盗と 人相手口も似てる」と書いた。

「ピストル強盗眞犯人は…」

「大阪府警察史第2巻」によると、共犯の男は職も家もなく、大阪に出てうろうろした揚げ句、11月13日、中之島公園のベンチで「印刷工自由労働党員」を名乗る「本田俊一」と知り合い、中之島図書館に入った。

 時間をつぶした後、2人で目的もなく京都へ。「本田」は共犯の男に「就職口を世話する」と言い、2人は茨木町まで徒歩で引き返した。

 午後5時ごろ、現場近くを歩いている時、「本田」が犯行を持ちかけ、近くの空き小屋で仮眠をとった。午前2時ごろ、東海道本線が通過する轟音を利用して喜楽亭の雨戸を外して侵入したという。ピストル強盗はさらに11月16日未明、大阪市東淀川区の正福寺に押し入り、住職を脅して現金約300余円(現在の約47万円余)などを奪って逃げた。

 今度は大朝、大毎も同一犯らしいと報道。同じ日付で在京紙の國民は大阪の事件は「品川の強盗と 同一犯人と確定す」と先行して報じた。17日付朝刊では東京、大阪の新聞の多くが同様に報道。そして11月18日付朝刊で、國民が特ダネを飛ばす。

ピス健の「正体」を明らかにした國民新聞の特ダネ記事

 ピストル強盗眞犯人は 神戸の大西性次郎と判明 清水定吉と並び偁(称)され 僞(偽)名四ツを持つ大親分 共犯の口から發覺(発覚)

 【大阪電話】警視庁刑事部、神奈川県警察部及び大阪府警察部をはじめ、全国警察署が極力捜査していたピストル強盗殺人犯人は、17日午後8時に至り、共犯者(18)の口からついに判明した。直ちにこの旨警視庁をはじめ全国に手配を依頼したが、真犯人は原籍神戸市布引町3丁目82、大西性次郎(39)で、往年ピストル強盗として喧伝された清水定吉と並び称され、関西におけるピストル強盗の大親分・森上健次と(同一人物だと)判明した。大西は森上健次という偽名のほかに札木森造、河合清次郎及び、今回の偽名となっている本田順一の4つの偽名を持っていた。