私は刀を見てお金を盗むために脅していると思い、恐ろしくなって耳を閉じたり開けたりしていたので、男の言ったことはよく分からない。「お金はいまここにはない」という父の声が聞こえた。男と父は茶の間に行ったようだ。「金庫のお金なんか出せない」という父の声がする。〉
緊迫した様子がうかがえる。三女は父母と男のやりとりを聞いている。
父 金庫の鍵と中の鍵の2つがなければ開かない
男 金庫は打ち破るわけにはいかないか
父 1人では1時間や2時間ぐらいかかっても開かない
男 騒いだら駄目だから縛る
父 いや、縛らんでもいいでしょう
母 この人の気の済むようにしたらいいでしょう……
母 こっちの手が後ろに回らなくて痛い
〈母が縛られているのだなと思った。〉
父 ちょっと小便に行ってきたいが
男 いや、駄目だ
父 困ったなあ
母 そこの火鉢にでもしたら……
〈ぴょんぴょんとはねて行く音がしたので、父は足を縛られているのだと思った。〉
男 騒がれたら困るから、この注射をする。この薬は3時間ぐらいしたら覚めるから
父 そんなものを打っても大丈夫か
男 なんでもない
父 病気をしているんだが、注射してもいいのか
男 大丈夫だ
「恐ろしい。どうする?」「父さんがああしているんだから黙っていよう」
〈母に注射を打ったらしい。間もなくうなり声がしたが、眠ったのか、声はすぐ聞こえなくなった。〉
その後、どんな話になったのか、はっきり聞き取れなかったという三女。読んでいると、何か不思議な印象を受ける。単純な強盗事件ではないような……。やりとりはさらに続く。
父 金庫の鍵は堀川という代理が持っているので、そこへ行かねばならない。行きましょう
男 いや、そんなことをしたら騒がれる。そんなこと、事実問題として不可能だ
父 裏から行けば大丈夫だ
男 堀川の家族は何人いるか
父 子ども3人で小さい子ばかりだ。騒がせないようにする
〈2人は廊下に出て私たちが寝ている部屋をのぞいた。〉
男 よく寝ている
父 この子たちは眠ったら朝まで起きないんだ