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 いくつかのトンネルに入っては出てを繰り返すうちに、トンボがいなくなっていることに気付いた。さっきは縁起でもないことを考えてしまったが、本州にいるうちに離脱できたことは不幸中の幸いといえよう。無事に家族の元に戻れることを願うばかりだ。自力で飛んで帰るには少々距離があるので、上り列車のワイパーにでもしがみつくといい。ただし新幹線にしがみつこうとすると、危険なうえに中中沢踏切は通らない。トンボがうまい具合に上り貨物列車のワイパーに添乗できる確率は、残念ながらそう高くない。

世界第4位、長大トンネルの入口

 前方に「青函隧道」と書かれたトンネルの入口が現れた。その入口は山の斜面の中腹にあり、とてもこれから海底をくぐるトンネルの入口とは思えぬ佇まいだが、全長53.85kmは世界第4位、国内では堂々首位の長さを誇る長大トンネルの入口なのだ。

「青函隧道」と書かれたトンネルの入口

 トンネルに入ると三橋運転士が声をかけてくれた。

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「照明はどうしますか?」

 読者諸賢ご承知のとおり、夜間やトンネルの中などの暗いところを走行する際、運転席の明かりをつけているとフロントグラスに反射して前方が見づらくなる。なので運転士側の車内灯は消していたのだが、助手席側の明かりは点いていたのだ。記者が地図を見たりノートにいろいろと書き込んでいたので消さないでいてくれたのだが、これだと記者も前方が見づらくなるし、運転にも影響が出るだろう。

「あ、すみません。消してください」

「了解です」

 運転台が真っ暗になると、前面展望がクリアになった。横からメーターを覗き見たところ時速80キロで走っているようだが、トンネルという閉ざされた空間を滑らかに走っていると実際の時速以上に速く走っているように思える。在来線と違って基本は直線で、カーブがあっても極めて緩やかなのだが、それでもトンネルの中ではそのちょっとした変化が際立つ。

青函トンネルを貨物列車で駆け抜ける。基本は直線だ

しばらくすると飽きてくる…運転士の眠気対策は?

「さすがは新幹線だ……」

 と感心する半面、しばらくすると飽きてくる。ここを毎日のように行き来する運転士は眠くなったりしないのだろうか。後日インタビューした際に三橋運転士に訊ねてみた。

「眠くならないように体調管理を怠らないようにしていますが、それでも眠気を感じたら、コーヒーを飲んだりガムを噛んだりします。他にも、運行表に“付箋”を貼っておいて1キロ進むごとに剝がすとか、人によっていろんな工夫をしているようです」

トンネル区間での三橋運転士

 じつは三橋運転士は父親もJR貨物の運転士で、その姿に憧れてこの道に進んだ「貨物鉄道父子」。お父さんから仕事の上で役立つアドバイスを受けているという。

 記者なら大きな声で歌をうたって眠気を覚ますと思う――と話すと、三橋運転士はにっこり笑って

「歌うことはありますね。大きな声ではないけれど」

 と話してくれた。

 今日は記者が乗り込んだせいで歌の邪魔もしてしまった。いつかカラオケにでもご招待したいものだ。