辞めた方がいいと言ったが…
綾奈さんは入社3年後の2012年3月に企画開発部に配置転換になった。これまでとは仕事内容が異なることで業務を進めるのに時間がかかり、また仕事量も多かったことから、残業時間も以前より月20時間以上増え、1ヶ月あたり45時間を超えていた。
業務内容の変化に加えて、これまでのようないじめが続いており、綾奈さんは精神的に追い込まれていった。綾奈さんは入社後も実家で両親と同居していたが、母の佳子さんによれば「入社後2年ごろから外出を嫌がるようになり、食欲もなくなっていった」という。
日に日に追い詰められていく娘を目の当たりにして、母、佳子さんは「辞めたら」と何度かアドバイスしたという。しかし、綾奈さんは「悪いのはハラスメント加害者なのに、なぜ辞めなければいけないの」と話して働き続けた。佳子さんは心配していながらも、綾奈さんが病院に通っていたわけでもなかったので、それ以上はどうすることもできなかった。
実は佳子さんは仕事でうつ病になることについては、ある程度理解していた。それは佳子さんの父親(綾奈さんの祖父)が、仕事が原因でうつ病になり入院まですることになった経験があったからだ。その時の状況と比較すると、綾奈さんは、周囲とコミュニケーションはとれており職場にも出勤できていたため、うつ病ほどではないと考えていたという。
「うちの子供は大丈夫」という親たち
このような対応は、いわば「普通」だと言える。そもそも精神疾患の専門家ではない家族が、たとえ同居して一緒に過ごす時間が長いとはいえ、単に気分が落ち込んでいるのか、それとも精神疾患なのかを見極めることは困難だ。また、会社を辞めるに際しても、家族が本人の意志に反して辞めさせることなどできない。
過労死などが起こると、「なぜ家族は辞めさせなかったのだろうか」と疑問に思う人は多いだろう。そもそも職場の問題を家族に転嫁すること自体がおかしいのだが、実は辞めてほしいと伝えているケースは少なくないのだ。
「私のパート先の同僚には娘について伝えていますが、ほとんどの方は、なぜ辞めさせなかったのとか、うちの子供は大丈夫と話します。しかし、これだけ日本の職場でハラスメントが蔓延している状況をみると、誰にでも娘と同じような状況になる可能性はあると思います」と佳子さんは話す。