「うちでは対応できない」。勤務先での上司2人による陰湿ないじめによって最愛の娘を自死で失った伊佐間さんは、なんとか会社と上司の責任を追及しようとあらゆる手段を使って相談したが、どこも答えは同じであった。
国が認めるだけでも毎年200人近くが職場での過労やハラスメント、いじめなどを理由に過労死や自死に追いやられているなど、社会的にも「過労死」という言葉は一般的に認知されるようになってきた。そのような状況で、過労死に関して相談したいことがあれば、誰か身近な人や「専門家」が親身になって対応してくれるだろうと多くの人は思っているのではないか。
しかし残念ながら、現実はそうではない。そもそもほとんどの遺族は、過労死だと思っても、その後どう動けばいいのか把握していない。それだけではなく、一般の人が「頼りになるはず」と考えている「専門家」と呼ばれる人々が、必ずしも助けてくれるとは言えないのだ。
その実態を、野菜や果物の卸売企業・加野青果株式会社(愛知県名古屋市)に勤務中のいじめやパワハラが原因で、21歳の若さでハラスメント自死に追いやられた伊佐間綾奈さんの両親がたどった経験から見ていこう。(全2回の1回目/続きを読む)
「てめえ」「ゆとりは使えない」といじめ・ハラスメント
1991年生まれの綾奈さんは、高校ではマンガ研究会に所属し、ゲームやアニメが好きな普通の若者だった。通っていた地元の私立高校の進路指導時に加野青果を紹介され、高校卒業後に正社員として2009年4月に入社した。
ちょうどその前年末、世界を襲った金融危機が起こったことで非正規の大量解雇が起こり、「派遣村」が実施された時期であった。全体的に就職先が限られていたなかで正社員として採用されたことで、本人も喜んでいたという。綾奈さんにはトリマーになる夢があり、その専門学校へ通うための資金を貯めようと働きはじめた。
入社後は経理部に配属され、経理事務に従事したが、職場での陰湿ないじめやハラスメントはこの時期から始まっていた。職場では日常的に「てめえ、このやろう」「あんた、同じミスばかりして」「ゆとりは使えない」などと厳しい口調で叱責されることがあり、また綾奈さんの出身高校から来るやつは使えないと暴言をはかれていた。
綾奈さんの母、佳子さんによれば、ちょっとしたミスでも大声でどなるなど社内ではハラスメントなどが蔓延していたことで辞める人が続出しており、綾奈さんと同じ高校から入社した社員はわずか4ヶ月で退職してしまったという。しかし、会社はそのような状況を放置し続けるだけでなく、後に裁判所に提出された文書では、綾奈さんは「仕事が遅く、多々ミスするので、口調が強くなる事もあったようですが、業務向上の為であり故伊佐間綾菜さん(ママ)一人特定に対してではない」と開き直ってすらいる。